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り狐:狐鬼番外編

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野良犬



其れだけで充分
其れだけで多分、充分

其れは嘘では無い
其れは嘘では無いが起死回生の、一手が欲しい

己だけでは到底、回避が出来ない

危機的状況に悶悶とする、金狐への助け舟の如く
突如、「獣」の遠吠えが木立を駆けた

「野犬?」

反応する少女が、ぐるりと見渡すのを好機と捉えるや否や
緩んだ手元から一気に自身の手を引っこ抜く

多少、露骨だっただろうか

等と、乙女心を気遣う
金狐を余所に少女は思い出していた

見た目通り、年輪を重ねた切り株の上

風呂敷包みを解いた、竹皮の中身
御供えした、「油揚げ」が翌日には物の見事に消えている

其の出来事を、「野犬の仕業」と決めて
姉女郎、女郎仲間と他愛も無く笑い合っていたが当然だ

多分、誰も信じない
多分、誰も信じてはくれない

其れでも、「狐」様は本当に居た

目の前の「狐」様事、金狐を見遣る
其の琥珀色の眼と搗ち合うが直ぐ様、森へと注がれた

野犬、か
将又、彼(か)の野良犬か

何時ぞやの、遣り取りを思い出すも
一応、仕切直の機会を呉れた事に不本意ながらも感謝した

其れでも、「違うんだ」と否定する

「何が違うんだ」
と、彼(あ)の赤銅色の目に問われそうだが

今は、「違うんだ」としか言えない

刹那、冷やかし一杯の笑みを浮かべ頭(こうべ)を振る
野良犬の姿が脳裏に浮かぶ金狐は、らしくも無い苛苛に「ぐぬぬ」と歯を噛む

全く以て、らしく無い

何だって己を焦らす
何だって己を焦がす

赤銅色の目
彼(あ)の赤銅色の目

其処に、「答」が有りそうで「答」が無い

此の際、「赤銅色」は省く
然すれば、自ずと「答」に辿り着く

彼(あ)の目は

漸(ようよ)う、思い至る
金狐が四方八方、琥珀色の眼光を飛ばすも
下等の、「眼」では捉える事は出来ない

かと言え、上等の、「鼻」と「耳」を以てしても
彼(か)の野良犬の、「存在」を捉える事等、出来やしない

延延、己を焦らす
延延、己を焦がす

彼(あ)の目は己が延延、追い掛け続ける、「眼」だ

鼻に皺を寄せる程、悔しいが
裏腹、如何にも斯うにも笑いが零れる

遂に、声に出して笑い出す
自身の様子に目を白黒させる、少女の視線に気が付いた

仕方無く誤魔化し半分
何故か湧き上がる性癖半分、金狐が白状する

「此処だけの話」

突として、密やかな口調で
前置きを述べる金狐に少女は「何事か」と、身構えた

「己は御前の寄越す、「油揚げ」を大して食ってはいない」

「、え?」

「代わりに、私が肩透かしを食らいました」
等と、埒も無い事を心中で突っ込む少女に、金狐は其の眼を眇(すが)める

抑、御前の慕う、「狐」様は老狐であって己では無い

考えると、癪だな

話しを振って置いて何なんだが
と、金狐は此処ぞとばかりに己(おのれ)の性癖を発揮する

「話せば長い、止めた」

「え?、ええ?」

真逆(まさか)真逆(まさか)
今更ながら野犬の腹中に収まっていました~、と言う「落ち」なのか

だが、其れ以上に
目の前の「神狐(しんこ)」の、思わせ振りの態度が気に掛かる

「長くても良いので!、話してください!」

「気が向けばな」

面白い程、食い付く少女に
内心、北叟笑む金狐は琥珀色の御河童頭を振り続けた

「!そんなそんな!」
「!!意地悪しないで話してください!!」

口を衝く、少女の言葉に琥珀色の眼を見張る

「意地悪?」
「此の己が、意地悪?」

咀嚼する様に、繰り返す金狐に
少女は後悔し始めるも、吐いた唾を吞む事は出来ない

愈愈、目の前の狐目が弓形(ゆみなり)に細くなる

「そうか」
「そうか」

「バレては仕方が無い」

然うして、組む腕を袖手(しゅうしゅ)する
金狐の告白に、言葉も見付からない様子の少女の鼻先
此の世の枠の外、其の美しい顔を突き付けて、にやりと笑った

「意地悪で結構」

覗いたのか
覗かれたのか

琥珀色の眼の奥、恒星の如き光が瞬く

少女の、紫黒色の目に映り込む
其の光明に何(ど)れ程、惚けていたのだろうか

「社」に向かって歩き出していた
金狐の、幼くも凛とした背中を慌てて追い掛ける

申し訳無くも、跨ぐ
横たわる鳥居に頭を下げ、声を掛けた

「待っ、待って」

当然、歩みは止まらない
一か八か、少女は金狐の「名前」を叫ぶ

「!!「り狐(こ)」さん!!」

途端、立ち止まる背中に小躍りするも
振り返る金狐が湛える、虚無顔を目の当たりにして尻込む

「あう、あう」

言葉にならない、声を発する

本当に仕方無く

名前を呼ばなければ
止まりそうになかったから本当に致し方無く
必死に心中で言い訳するも「当然、聞こえる筈も無い」と、項垂れる

流石に、「さん」は不味かっただろうか

「様」が良かったか
其れとも「殿」が良かったか

以前に

其の名前を口にした事自体、烏滸がましい事だったのだろうか

御互いにとって知らぬが仏
当然、少女の「声」は金狐に聞こえている

聞かれたくない
聞きたくない、「声」を聞く

見られたくない
見たくない、「記憶」を見る

故に、憎憎しくもある
故に、愛愛しくもある

何(いず)れは制御出来る能力(ちから)だとしても、先の話しだ

項垂れていても、向けられた琥珀色の眼光を犇犇と感じる
到頭、「神の怒り」に触れるのだ、と覚悟を決めた
少女に金狐が、問う

「何だ、「らん」」

「え?」

呆気に取られた、少女が顔を上げる
其の顔を繁繁と見詰める金狐がもう一度、問う

「だから何だ、「らん」」

暫し待つも、返事が無い事に半眼を呉れて
再び、歩き出す金狐を少女が呼ぶ

「!!「り狐」さん!!」

「名前」を呼ばれ立ち止まる
琥珀色の御河童頭を流して振り返る、金狐が差し出す手の平に
含羞み、微笑む少女の手の平が重なった

作品名:り狐:狐鬼番外編 作家名:七星瓢虫