アウトドアで鍋 (おしゃべりさんのひとり言 その75)
そこで僕たちの悪ふざけが始まった。
焚火からまあまあ近くにあった、そこそこ濁った天然水を使うことにした。
つまり湖の水だ。
沸騰させたら大丈夫だろう。
石を積んで囲っただけの焚火の上に、その水を入れた鍋を載せて、湯を沸かし出した。
昆布を1枚投入したと思う。これだけだ。味付けなんて考えていない。
沸騰するのに時間がかかる。
面倒だから具材も全部投入だ。
薪をやたら追加投入して火力をアップ。
みるみる泡立って、鍋が煮えだした。
「さあ、食べよう」
他の班はまだ、焚火の準備もしていないくらいのタイミングで、僕らは「いただきま~す」
そりゃ、注目の的だった。
みんな集まって来る。
紙皿にポン酢を入れて、早速食い始めると、
「うん、うまい」
みんなそう言った。
水で煮ただけの肉でも、ポン酢付けりゃ、誰でも食えるに決まってる。
これも僕らの作戦のうち、計算通りである。
しかしこの後、計算外の出来事が起こった。
「お、お前らもう食っとんのか?」
国語教師の尾西先生がやって来た。剣道部顧問のおチョケた先生だ。
「俺にも味見させてくれ」
「いいですよ。どうぞそうぞ」先生にも皿と箸を渡した。
「ん? まだ煮込み足りんな」
「そりゃ、沸騰したばっかりですもん」
「調味料入れたらいいじゃないか」
「そんなん、持って来てません」
すると、近くで見ていた他の生徒が「俺らの使えよ」と言い出した。
そして、自分の班に戻って行って、醤油や塩を持って戻って来た。多分、囲炉裏風焼き魚班だ。
「サンキューサンキュー」と早速鍋に投入したけど、分量の頃合いが適当。
すぐに味見した生徒が、「まだ薄いな」
そりゃそうだろう。これだけの大鍋で味変出来る調味料の量って、一体どれくらいなんだ?
「これ以上は貸せないぞ」と、調味料を持って来てくれた生徒が言った。自分たちの料理に残しておかないといけないからな。
「おい、もっと調味料ないか?」先生が周囲の生徒に問いかけると、
「はい、じゃあ持って来ます!」と、みんな口々にそう言って、周囲に散らばって行った。
暫くして、醤油が追加された。その後は酢やウスターソースにマヨネーズまで。
僕らの悪ふざけは、みんなの悪ふざけとなり、その内、ジュースまで投入される羽目になってしまった。
気になる味はというと、「誰が味見するんだよ」
皆、引いている。でも僕は別に気にならなかった。そもそも湖の水が主成分だし、それに比べれば、あとは全部、安心食品ばかりだから。お玉ですくって一口。
「あれ? なんか旨いぞ」
その瞬間皆、鍋に箸を伸ばす。
「あ、ホントだ」
「奇跡だ」
尾西先生も「不思議だが、旨いがや」(先生は愛知県出身)
周りのギャラリーたちも味見を申し出た。現場は大きな笑いの渦に包まれる。
すると、次から次に味見客がやって来て、具がどんどんなくなっていく。
「俺らの食材も入れようか」と他の班が申し出た。カレー班だ。
「おう、入れろ入れろ!」
急に大鍋の周りが活気付いて、持ってきたカレー用のジャガイモやニンジン、牛肉が投入されると、皆早く煮えるのを待っている。
尾西先生は「また煮えたら食いに来るからな」と言って、どこかに行ってしまったけど、その間に、『かっぱえびせん』やチョコクッキーのようなお菓子にバナナまで、次々に入れられて行く。
「もう、カレー作るのやめて、鍋に入れようか」とカレー班が言い出す始末。
「おもろいじゃん。入れろ入れろ!」とギャラリーが湧きたつ。
「カレーのルウが投入されると、すごくいい匂いが周囲に漂うんだ。
真面目に料理をしているのは女子の班くらいで、男子はみんな大鍋周辺に集まってきている。
「こうなったら、余った食材は、なんでも持って来てくれ!」と誰かが言うと、ホントに余ってるのか、ふざけてるのか、次から次に年貢のように食材が集まって来る。お肉を持って来てくれると、
「アリガトウゴザイマス―!」と待遇が良くなって、輪の中心で食べることが出来るシステムまで出来上がった。
尾西先生は、同僚の先生方を引き連れて戻って来たけど、どの先生もニコニコ笑顔というより、ニヤニヤして食べていた。
新しい食材が追加される度にみんなが食べて、また新しい具がやって来る。〆には焼きそばの麵の取り合いになったし、余ったご飯で、おじやも好評だった。食べきれなかった料理すべてが鍋に入れられたんだ。
そして遠足で来たすべての班の残り具材を飲み込んだこの大鍋、料理の採点では文句なしの1位を獲得したのだった。
結局僕らは、大勢の生徒や先生と一緒に、帰りのバスが出る直前まで、鍋をつついていたのは言うまでもない。
でもこれをきっかけに、みんな凄く仲良くなれたってわけ。
(どんな遠足なんだ!?)
つづく
作品名:アウトドアで鍋 (おしゃべりさんのひとり言 その75) 作家名:亨利(ヘンリー)