小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

半睡半醒の微睡

INDEX|3ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

3.眠れない日に見た景色



 二十歳すぎの若い頃。当時、私はずっと眠れない日々が続いていました。

 その頃の私は、いろいろと悩み事が多かったのですが、それ以上に、どうにも神経質が過ぎて細かいことが気になってしまう性質でした。どんなささいなことも、気をもんで考えてしまうのです。その傾向は歳を取るに連れて衰えましたが、当時は布団の中で目をつむっても、気晴らしに本を読んでも、下らないことをどんなに考えても、睡魔が忍び寄って来ないのです。眠りたいほど体も頭も疲れているのに、現世から一時的に去ることが許されない、そんな苦痛をひたすら味わっていたのです。
 あまりにも眠れないので、私は少々自暴自棄になっていました。眠ろう眠ろうと考えていたら、眠ることなんか無理に決まっている、いっそ眠れないのなら、寝なければいいじゃないか。どこまでもどこまでも開き直って、どこまで起きていられるのか挑戦してしてやろう、そんな考えに行き着いたのです。

 私は実行に移す前に、ネットで検索して眠らなかった記録を調べておきました。その結果、11日とちょっとという記録が見つかります。なんだ、それぐらいならできそうじゃないか、ちょっと余裕になりながら、ある日の朝、6時にストップウォッチをスタートさせたのです。
 しかし、眠らないでただ起きているというのは思った以上に暇なものです。ですが、ゲームなどを始めてしまうと、寝落ちをした時に記録が分からなくなってしまいます。そこで私は、起きがてら何かを注視することに決めました。その程度ならば、タイマーと交互に見ていれば良いだけですから。その時、私の目には窓の外、アパートから見える往来が偶然目に入ります。そうだ、人通りはあまりないけれど、この往来をずっと見ていよう、そう考え、昼も夜も往来とタイマーとを順番にながめる日々を始めたのです。

 結果から先に言いますと、起きていられたのは9日と4時間12分でした。ここから先の記憶は途切れています。記録には及びませんでしたが、なかなかの健闘だと言っていいでしょう。そして以下は、その間、往来で起きていたことの中で、特に印象に残ったものをメモにしておいたものです。

 初日
 00日00時間16分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 00日01時間34分、アパートの女子中学生が友だちと登校。
 00日02時間18分、ゴミ収集車がやってくる。今日は燃えるごみ。
 00日01時間24分、ガス会社の人がメーターの確認に来る。
 00日03時間01分、302号室に新しい住人が引っ越してくる。

 2日目
 01日00時間12分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 01日01時間36分、女子中学生が友だちと登校。
 01日03時間00分、宅配便のお兄さんが変わる。

 3日目
 02日00時間14分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 02日01時間35分、女子中学生の友だちがやってきたが、一人で登校。
 02日02時間44分、ゴミ収集車がやってくる。今日は不燃ごみ。
 02日10時間13分、一人の男子中学生がやってくる。女子中学生のクラスメイトか。

 4日目
 03日00時間09分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 03日02時間18分、ゴミ収集車がやってくる。今日は燃えるごみ。
 03日01時間35分、女子中学生が一人で登校。今度は友人が休んだか。
 03日08時間47分、302号室の住人が引っ越し。3日しか持たず。
 03日12時間28分、女子中学生、こないだの男子中学生と帰ってくる。
 03日20時間55分、部屋着の人、苛立った様子で自動販売機でコーヒーを5本買う。

 5日目
 04日00時間06分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。少し顔に余裕がある。
 04日01時間22分、女子中学生が男子中学生と登校。付き合い始めたか。
 04日12時間28分、女子中学生、彼氏と帰ってくる。自動販売機前で1時間ほどだべる。

 6日目
 05日00時間08分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 05日01時間11分、女子中学生が彼氏と登校。
 05日12時間28分、女子中学生、彼氏と帰ってくる。自動販売機前で2時間だべる。

 7日目
 06日00時間04分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 06日01時間11分、女子中学生、登校せず。
 06日02時間22分、ゴミ収集車がやってくる。今日は燃えるごみ。
 06日03時間01分、302号室に新しい住人が引っ越してくる。
 06日05時間29分、井戸端会議で、女子中学生の交際が終わったことが発覚。

 8日目
 07日00時間03分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 07日01時間11分、女子中学生、登校せず。
 07日02時間15分、部屋着の人。スーツで出掛ける。

 9日目
 08日00時間16分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 08日01時間11分、女子中学生、一人で登校。
 08日02時間54分、宅配便のお兄さんが変わる。

 10日目
 09日00時間12分、部屋着の人が自動販売機に飲み物を買いに来る。
 09日01時間11分、女子中学生が友だちと登校。
 09日02時間46分、ゴミ収集車がやってくる。今日は不燃ごみ。


 ここでメモも記憶も途切れています……。
 再び目が覚めてこのメモを見たとき、こんな静かな街にこれだけのことが起きているという事実にすっかり驚いてしまいました。宅配便のお兄さんは2度も変わっているし、302号室の住人も2度変わっているけど未だ住人は定着しないし、部屋着の人の規則正しさは平伏したくなるほどですし、女子中学生は良かれ悪かれ一つの恋を終えています。

 こんな閑静な街もこれだけ動いているんだな。そう思うと、自分もきちんと休んできちんと働かないとなあと私は強く感じました。そのおかげで、どうにか、寝不足から脱出することができたのです。


作品名:半睡半醒の微睡 作家名:六色塔