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空と海の道の上より Ⅵ

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五月十六日(火)曇り
 
七時十五分、卯之町出発。今朝は肌寒く、歩くと丁度よい。十分程で大洲まで十八キロの標識。

今日は中島さんも一緒だが、国道を歩くので、私が前になり彼が後ろからついて来る。縦に並んで歩き、話をしないのでお経を唱えながら歩ける。余り気を使わなくて良いので、自分のぺースで歩いたり休んだりする。
 九時半、喫茶店で休憩。私は内子町迄行きたいと思っているが、中島さんは五時、六時迄歩くのは嫌だと言うし、長い距離を歩いたことがないので、まずは大洲までと宿を決めずに歩くことにする。

 十時五分、鳥坂隧道。ここは一昨日のトンネルより少し短いが千百十七メートルあり、古いトンネルで歩道もなく、排気口もちゃんと出来ていないのか中はすごい排気ガス。その上大きな車がどんどん通り、中島さんがついてきているか心配で時々振り返るが、私も車に飛ばされそう。
 抜け出るまでに十三分もかかり、始めてトンネルを歩いた中島さんは出るとすぐに「休憩」と言い、すごいところと驚いている。
 私が、
「宇和島の手前はもっと長くてすごかった。途中で倒れるかと思った。そこだけは車に乗せてもらっても、お大師様はきっと許してくれると思う。お大師様の頃にはこんなトンネルはなかった」と話すと、中島さんも同感。
 ここから大洲市、といってもまだ山の中。峠になっていて少し歩くとたこ焼き屋があり、買って食べる。ずっと下りが続く。

 十一時四十五分、もうすぐ大洲市内、国道から逸れて右の遍路道を行く。十二時二十五分、しんとみす橋を渡る。
 橋の上から眺める肱川の流れは美しく、河原も広く素晴らしい。本を見て泊まろうと思っていた国民宿舎が川っぷちのとても良いところに建っていて、橋の上から川の景色やそこをしばらく眺める。ここに泊まろうかと迷うが、まだ少し時間が早すぎるし、明日がきつくなるので歩き出す。
 もう少し遅く着いていたら泊まれるのにと、残念な気がする程きれいなところ。歩きながらも未練が残る。川に沿って歩き、再び国道へ。

 一時、国道沿いの喫茶店で食事。お腹がペコペコ。三十分程で出発するが、今度はお腹がいっぱいで眠くなり、少し歩いて休憩。
 どこに泊まるか相談するが、中島さんはなるべく早く宿に着きたいと言う。十夜が橋にも泊まるところがあるというので、じゃそこにしようと歩き出す。私一人なら内子まで頑張るが、慣れていない中島さんにはきついかもしれない。

 二時二十五分、番外札所十夜が橋。
 お大師様が冬の寒い日に泊まるところがなく、橋の下で一夜を過ごし、十夜にもまさる思いをなさったというところ。

 行きなやむ浮世の人を渡さずば
一夜も十夜の橋と思ほゆ

とお大師様の歌。

 ここに泊まるつもりだったのでちょっとゆっくり。
 橋の下に降りると、ここで野宿される方はむしろをお貸しします、と書いてある。暫く橋の下で腰掛けて話をするが、風が吹き抜け寒くて、私には野宿は無理。前の旅館に泊まり夜中に来ようと中島さんが言う。

 納経所の人に聞くと、内子まで歩いて二時間とのこと、天気が下り坂なので、出来れば明日短いほうが楽と思い、思い切って内子までと決め宿を尋ねる。遍路宿ではないけれど、団体のお遍路さんたちがよく泊まると教えてもらった旅館に予約の電話。

 三時、再び歩き出す。右手にポッカリときれいな山が見え、その近くを歩く。稲荷山という。
 歩きながら中島さんは早く宿に着いて昼寝でもしようと思っていたのにといい、私もそうしたいような気がする。

 矢落川の川沿いを内子の町へ。峠の所に遍路道マーク。近くの人に尋ねると、今は草が多く国道を行ったほうが良いとのことに国道を歩く。

 一燈園や、玄峰さん、今まで出会ったお遍路さんのことなど話しながら歩く。峠を上りきると右に五十崎の町が見える。少し回るとすぐ下に内子の町。暫く歩いて町中へ。五時十五分着。

 結局五時まで歩いてしまった。四十キロ近く歩いて中島さんには少しきつかったよう。私も最近少々きついのか、歩いている時も宿でも足があちこち痛くてガタガタ。どこか適当なところがあればゆっくり休みたい気もする。

 宿は落ち着いた感じの良いところ。二人で良かったと話す。隣同士の部屋にしてくれるが、今日の泊まりは私達だけの様子。
 別の部屋に食事の用意をしてくれ、見てビックリ。とても豪華な、まるで高級料理屋さんのような料理、見ると割烹旅館と書いている。

 私はどれもおいしく全部頂き中島さんの分まで少し食べるが、彼は熱があるようで余り食べられない。気の毒に思うがどうしようもない。もし熱が下がらなければ明日電車で帰ると言う。でも元気だから大丈夫とのことに、明日起きてから決めることにする。 
 「朝ご飯の時間は」と聞かれ、「八時」と中島さんが答え、宿の人に笑われる。でも一日で久万迄はとても無理、早く出ても小田町にしか泊まるところがなく、私もちょっとしんどいので、明日の朝はゆっくりで良いと思う。
 思いがけずおいしい食事を頂いて、ゆったりしたところに休ませてもらい、お遍路なのに申し訳ないような気がする。でもたまにはいいかと二人で話すが、宿代が少し心配。

 ゆっくり良く眠れて、四時半に起きこれを書いている。今朝はバタバタしなくてもよいので気分がゆったり、足は痛いが疲れは取れたよう。
 六時に、突然スピーカーから大音響で町中に音楽が鳴り響き、びっくりする。
 外を見るとやっぱり雨。ここまで来ていて良かった。今日は小田町まで歩きます。

五月十七日 午前六時
内子町新町荘にて


五月十七日(水)雨

 朝食は八時なので、久し振りにゆっくりと一時間位体操、気持ちがよい。随分と体が硬くなっている。
 七時過ぎに隣の部屋を覗き、様子を見ると中島さんはまだ寝ていて、調子を聞くと、「まだ分からない、朝ご飯を食べて決める」と言う。
 朝ごはんもほとんど食べない。雨も降っているし、歩くのは山の中なのでとても無理と、松山に帰ることになる。
 体調の悪い時、雨の中を歩く辛さは私にも経験があり、そのほうが良いと思う。残念がるが仕方がない。

 宿代はもしかしたら一万円位するかもしれないね、と二人で話していたが、消費税込みで六千百八十円とのこと。食事や部屋が良かったので、あまりの安さに顔を見合わせ、良かったと喜ぶ。

 九時二十五分、出発。商店街に出て、私はもし店がなかったらとパンを買う。中島さんは分れ道までついて来ると言うので、しばらく一緒に歩く。
 九時四十分、小田二十キロ、ここまで送ってくれる。この前、足摺で別れた時はとても淋しく悲しい思いをしたが、今日は松山まで後少しという気があるのか、私は元気で彼のほうが淋しそう。
 私が歩いていくのをずっと見送ってくれる。雨の中、川沿いの道を歩く。昨日少し無理をさせすぎたかなと思うが、もうどうしようもない。

 十時半、石浦バス停で休憩。屋根のついた小さな小屋になっていて椅子もある。
 今日は二人と思っていたので、歩くところの本も読んでいず、確認もしていないので、休憩しながら地図の確認。
 バスを待っているおばさんが、
作品名:空と海の道の上より Ⅵ 作家名:こあみ