空と海の道の上より Ⅳ
五月六日(土)雨
昨日、店の人が洗面所に干すところを作ってくれたのですが、洗濯物が乾いていず、隣の人がまだ寝ていて音を立てると悪いので、五時ごろに荷物を持って食堂のほうに行く。
奥さんが「アイロンもありますから良かったら使ってくださいる。」と言って下さっていたので、店のおじさんに頼んで、白衣だけアイロンをさせてもらう。他の洗濯物はまだビショビショなのでナイロン袋に入れてリュックに詰める。
今日は昨日書いたように中土佐町、土佐久礼迄のつもりで歩き出す。
六時二十五分青龍寺前を出る。
朝から雨。昨日の道を宇佐大橋まで戻る。昨日とは打って変わり小雨の中、下に見える海では漁師さんの釣船がたくさん見える。
県道を少し行くともう須崎市、門に屋根のある家の軒先でリュックを降ろし少し休む。昨日から足は痛くなくなったが、今度は膝の関節のところが痛くリュックの重さが肩にこたえる。降ろすとすっとする。
家の方が出てこられたのでお断りを言うと、
「中にはいって休みませんか」と言ってくださる。
「もう、休ませていただきましたから」とまた雨の中へ。
今日も朝からお薬師様のご真言を唱えながら歩こうと決める。病気の人のお願いをするのだから、病気の人の辛さを思えば、私も少し位しんどい思いをしなければと思って歩き出すと、急に足が速くなり不思議な思い。後ろから誰か押してくれているような気がします。
八時四十五分、少し休憩したいと思いつつ歩いていると、海の際にバスの喫茶店。早速立ち寄り休憩。
この道は県道で、海沿いにくねくねと曲がっており変化はあるのですが、家も少なくちょっと休憩出来るところがありません。
お天気ならその辺に座り込んで休むと楽しいのですが、雨の日はこんな喫茶店で荷物を降ろせるのが助かります。
「歩いてこられる方はよくここで休んでいかれます。」との話。大体三時間位で三十六番からここに来るそうです。暫く休憩して、後から入ってきたお客さんに久礼に泊まるところがあるか尋ねると、旅館の名前を教えてくれる。この辺も昨日は大変な人だったとのこと。
また歩きだし、十一時十五分、中の浦のトンネルを越えたところで昨日のパンとお茶で休憩。
車が途切れると、どこにいても鶯の声がします。
山の中を一時間程歩くと左手に大きな工場。須崎の町に近い感じ。
工場の前の道が二つに分かれているので右の国道を行きかけると、自転車のおばさんが須崎に行くなら左の方が近いと、雨の中わざわざ自転車を下りて、親切に道順を教えてくれる。橋を渡って川沿いを歩くと大間駅に。
国道に出て、駅の近くでお昼を食べる。ここで久礼の手前、安和というところに民宿があると教わる。外に出るとすごい雨。久礼まで行こうか、安和にしようか迷う。でも少しでも先にしようと、聞いていた久礼の旅館に電話するが、今は廃業とのこと。他にも何件かあるそうだが洗濯物も気になるし、この雨、安和の民宿に電話。「どうぞ」と言ってくれたので少し早いがそこに決める。
二時十五分、新荘川を渡ったところのパン屋さんの前で「お遍路さん、お遍路さんこれ少しだけど」と百円お接待を頂く。
左手に海を見ながらいくつかトンネルを抜けると、左に小さな安和の駅。本当に小さなかわいらしい駅です。
トンネルの中は車が入ってくる度にゴーというものすごい音です。端に歩道が少しあるところは良いのですが、須崎を出てはじめてのトンネルなど、短いのですが車がいっぱいで、その上歩道がないので後ろから来る車が私を追い越せず、気の毒なので私はトンネルの中だけ車に追いかけられるように走って通り抜けました。
安和の駅からほんの少し歩くとすぐに民宿。三時十分着。ここは普通の家のようなところです。
はじめ客は私だけでしたが、夜になるとだんだん増えてきた様子。着くとすぐ、洗濯物を部屋中に広げて干しました。濡れているのにズボンの着替えがなく寒いので、蒲団を敷いて体を暖めていると、お風呂をいって下さる。寝巻を借りホーム炬撻を入れこれを書き始めましたが、すぐに居眠りをしてしまいます。
ホ-ム炬撻でズボンを乾かし、乾いたのでまたはいています。洗ったものが乾かないと、替えが一枚しかないので困ります。でもよくしたものでここは炬撻があり乾かすことが出来ました。
四畳半位の小さな部屋でホーム炬撻とテレビが一台、まるで下宿のようですが三日ぶりの個室なので、のんびりボーッとしたり体操をしたり、これを書いたりと気分的に楽になります。
疲れが溜まってくると早く家に帰りたいなと思い、そう思い出すと先の日を数えてしまいます。そしてまだまだ長いなとため息、よけい疲れが出るのでまた気を取り直し今日のことだけ考えます。
町に入ると何度も道を尋ねますが、長い国道を歩く時は何も考えず、ただひたすら歩きます。前も後ろもなく、ただ今だけ、今だけ、今歩いている一歩より何も考えることがありません。何だか禅でいう“今しかない”の心境です。ですから先のことも考えず、歩いてきた距離や時間も考えず、黙々と歩きます。
そんな時は本当の行をしているような気になり、国道は変化がなくておもしろくないと本には書かれていますが、私には無心に歩けるので好きな道です。
毎日違うところに泊まっていると、色々な家やお寺がありおもしろいものです。
お店の主人が感じがよかったら従業員もたいてい感じが良く、感じが悪いと雇われの人も親切でありません。親切な宿はいろんなところに心配りが行き届いていて嬉しくなります。そんなところは泊まる人も有り難い良い気分になるだけ、徳を積んでおられるような気がします。
前にも書きましたが、一晩泊まるとその家の人のことが何もお話しなくても分かります。ですから、良い宿にあたると嬉しい気がします。でも、あまり良くないところでも不足に思うことはありません。毎日お風呂にいれて頂いて、おいしい食事を頂き有難いことです。
昨日は笠もお杖も濡れて上に上げることが出来ず、はじめて拝むのを忘れて眠ってしまいました。
宿の人の話では、朝ここを発てば岩本寺を越えて佐賀温泉まで行けるとのことですが、早く着いてもお寺に泊めていただき、少し疲れを取ろうかと考えています。
もう雨が上がったようで今日は楽に歩けそうです。やはりここに泊まって良かった。どんなところに泊まっても休憩しても、必ず自分に都合が良かったと思えることがあり、不足がありません。
この間種間寺の近くで頂いた蜜柑、一つ食べたのですがカスカスだったので、残りをずっと持っていたのですが、食事のあと喉が渇くし持っていくのも重いので、食べる。これがとても水気が多く、おいしい!二個も食べてしまいました。嬉しかったです。
窓のすぐ近くを窪川までいく土讃線が走り、夜は何度か電車が通りました。早く着いたので夜書き上げようと思ったのですが、結局朝になってしまいました。これから洗濯物を、乾いたのと濡れているのに選り分け出発の準備をします。
五月七日 午前五時二十三分 安和民宿安和にて
五月七日(日)曇り時々晴
昨日、店の人が洗面所に干すところを作ってくれたのですが、洗濯物が乾いていず、隣の人がまだ寝ていて音を立てると悪いので、五時ごろに荷物を持って食堂のほうに行く。
奥さんが「アイロンもありますから良かったら使ってくださいる。」と言って下さっていたので、店のおじさんに頼んで、白衣だけアイロンをさせてもらう。他の洗濯物はまだビショビショなのでナイロン袋に入れてリュックに詰める。
今日は昨日書いたように中土佐町、土佐久礼迄のつもりで歩き出す。
六時二十五分青龍寺前を出る。
朝から雨。昨日の道を宇佐大橋まで戻る。昨日とは打って変わり小雨の中、下に見える海では漁師さんの釣船がたくさん見える。
県道を少し行くともう須崎市、門に屋根のある家の軒先でリュックを降ろし少し休む。昨日から足は痛くなくなったが、今度は膝の関節のところが痛くリュックの重さが肩にこたえる。降ろすとすっとする。
家の方が出てこられたのでお断りを言うと、
「中にはいって休みませんか」と言ってくださる。
「もう、休ませていただきましたから」とまた雨の中へ。
今日も朝からお薬師様のご真言を唱えながら歩こうと決める。病気の人のお願いをするのだから、病気の人の辛さを思えば、私も少し位しんどい思いをしなければと思って歩き出すと、急に足が速くなり不思議な思い。後ろから誰か押してくれているような気がします。
八時四十五分、少し休憩したいと思いつつ歩いていると、海の際にバスの喫茶店。早速立ち寄り休憩。
この道は県道で、海沿いにくねくねと曲がっており変化はあるのですが、家も少なくちょっと休憩出来るところがありません。
お天気ならその辺に座り込んで休むと楽しいのですが、雨の日はこんな喫茶店で荷物を降ろせるのが助かります。
「歩いてこられる方はよくここで休んでいかれます。」との話。大体三時間位で三十六番からここに来るそうです。暫く休憩して、後から入ってきたお客さんに久礼に泊まるところがあるか尋ねると、旅館の名前を教えてくれる。この辺も昨日は大変な人だったとのこと。
また歩きだし、十一時十五分、中の浦のトンネルを越えたところで昨日のパンとお茶で休憩。
車が途切れると、どこにいても鶯の声がします。
山の中を一時間程歩くと左手に大きな工場。須崎の町に近い感じ。
工場の前の道が二つに分かれているので右の国道を行きかけると、自転車のおばさんが須崎に行くなら左の方が近いと、雨の中わざわざ自転車を下りて、親切に道順を教えてくれる。橋を渡って川沿いを歩くと大間駅に。
国道に出て、駅の近くでお昼を食べる。ここで久礼の手前、安和というところに民宿があると教わる。外に出るとすごい雨。久礼まで行こうか、安和にしようか迷う。でも少しでも先にしようと、聞いていた久礼の旅館に電話するが、今は廃業とのこと。他にも何件かあるそうだが洗濯物も気になるし、この雨、安和の民宿に電話。「どうぞ」と言ってくれたので少し早いがそこに決める。
二時十五分、新荘川を渡ったところのパン屋さんの前で「お遍路さん、お遍路さんこれ少しだけど」と百円お接待を頂く。
左手に海を見ながらいくつかトンネルを抜けると、左に小さな安和の駅。本当に小さなかわいらしい駅です。
トンネルの中は車が入ってくる度にゴーというものすごい音です。端に歩道が少しあるところは良いのですが、須崎を出てはじめてのトンネルなど、短いのですが車がいっぱいで、その上歩道がないので後ろから来る車が私を追い越せず、気の毒なので私はトンネルの中だけ車に追いかけられるように走って通り抜けました。
安和の駅からほんの少し歩くとすぐに民宿。三時十分着。ここは普通の家のようなところです。
はじめ客は私だけでしたが、夜になるとだんだん増えてきた様子。着くとすぐ、洗濯物を部屋中に広げて干しました。濡れているのにズボンの着替えがなく寒いので、蒲団を敷いて体を暖めていると、お風呂をいって下さる。寝巻を借りホーム炬撻を入れこれを書き始めましたが、すぐに居眠りをしてしまいます。
ホ-ム炬撻でズボンを乾かし、乾いたのでまたはいています。洗ったものが乾かないと、替えが一枚しかないので困ります。でもよくしたものでここは炬撻があり乾かすことが出来ました。
四畳半位の小さな部屋でホーム炬撻とテレビが一台、まるで下宿のようですが三日ぶりの個室なので、のんびりボーッとしたり体操をしたり、これを書いたりと気分的に楽になります。
疲れが溜まってくると早く家に帰りたいなと思い、そう思い出すと先の日を数えてしまいます。そしてまだまだ長いなとため息、よけい疲れが出るのでまた気を取り直し今日のことだけ考えます。
町に入ると何度も道を尋ねますが、長い国道を歩く時は何も考えず、ただひたすら歩きます。前も後ろもなく、ただ今だけ、今だけ、今歩いている一歩より何も考えることがありません。何だか禅でいう“今しかない”の心境です。ですから先のことも考えず、歩いてきた距離や時間も考えず、黙々と歩きます。
そんな時は本当の行をしているような気になり、国道は変化がなくておもしろくないと本には書かれていますが、私には無心に歩けるので好きな道です。
毎日違うところに泊まっていると、色々な家やお寺がありおもしろいものです。
お店の主人が感じがよかったら従業員もたいてい感じが良く、感じが悪いと雇われの人も親切でありません。親切な宿はいろんなところに心配りが行き届いていて嬉しくなります。そんなところは泊まる人も有り難い良い気分になるだけ、徳を積んでおられるような気がします。
前にも書きましたが、一晩泊まるとその家の人のことが何もお話しなくても分かります。ですから、良い宿にあたると嬉しい気がします。でも、あまり良くないところでも不足に思うことはありません。毎日お風呂にいれて頂いて、おいしい食事を頂き有難いことです。
昨日は笠もお杖も濡れて上に上げることが出来ず、はじめて拝むのを忘れて眠ってしまいました。
宿の人の話では、朝ここを発てば岩本寺を越えて佐賀温泉まで行けるとのことですが、早く着いてもお寺に泊めていただき、少し疲れを取ろうかと考えています。
もう雨が上がったようで今日は楽に歩けそうです。やはりここに泊まって良かった。どんなところに泊まっても休憩しても、必ず自分に都合が良かったと思えることがあり、不足がありません。
この間種間寺の近くで頂いた蜜柑、一つ食べたのですがカスカスだったので、残りをずっと持っていたのですが、食事のあと喉が渇くし持っていくのも重いので、食べる。これがとても水気が多く、おいしい!二個も食べてしまいました。嬉しかったです。
窓のすぐ近くを窪川までいく土讃線が走り、夜は何度か電車が通りました。早く着いたので夜書き上げようと思ったのですが、結局朝になってしまいました。これから洗濯物を、乾いたのと濡れているのに選り分け出発の準備をします。
五月七日 午前五時二十三分 安和民宿安和にて
五月七日(日)曇り時々晴
作品名:空と海の道の上より Ⅳ 作家名:こあみ