空と海の道の上より Ⅲ
今日は曇っていたのであまり汗をかかず楽に来られた。
六時半、種間発。田舎道を清滝向けてどんどん歩く。どこにいっても川の水量の多いのに驚く。はじめて吉野川を渡ったとき、あの大きな川を杖をついて渡ってしまった。が、今ではどんな小さな川、どぶ川のようなものでも見逃すことなく、お杖をつかずに渡っています。
歩いていると雀が道の真中に死んでいたので土手の草むらにおいてやりました。今までは何だか気持ちが悪くて触れなかったのが、可哀想で、小さな死んだ虫などにも素手で触れるようになり自分でも驚いています。
仁淀川の土手のあざみが美しい。
仁淀川橋を渡り春野町から土佐市へ、高岡の町に入る。町を抜けたところで休憩。徳島は遍路道が整っていて、到る所に道標があり大変助かりましたが、ここは国道からそれると遍路道の道標が少なく、詳しい地図のない私は再々人に尋ねるので時間がかかります。
八時五十五分、ようやく山の上に清滝寺が見える。道を歩いていると、百足や蛙が踏みつけられて死んでいる。この間善楽寺まで一緒だった人が、殺生を戒められているのに、お参りする車が雨上がりの山の中のミミズなど小さな虫をどんどん踏みつけていく。車のとても嫌な面を見てしまった。
お年寄りや身体の不自由な人は仕方がないが、元気なものはせめてお寺の下から位は歩かねば、と言っておられたのを思い出す。私は今も踏みつけられた虫たちを見る度、虫たちの為にとお経を唱えています。
しんどい思いをして上り、景色の良いところで一服。これが何とも言えない良い気持ちです。車は別の道を行き、私は遍路道を。山門を入って石段を登る、が私一人。何とも清々しい気分。
今まで車で行っていたときは形式的に手を洗って、時には忘れたりしていたのが、汗をかいて歩いてきて、手水所の水で手を洗い、口をすすぎお水を頂く。何と有難いことか、歩いて始めて気が付きました。
ここもお薬師様なので皆のことをお願いする。青龍寺への道、車ではなく歩いて山越えをする道をお寺の方に教わる。清滝寺を出るとき休憩所のおばさんに歩いているのならと蜜柑のお接待を頂き、納め札を渡す。最近、お接待を頂いてようやく納め札を差し上げられるようになりました。喉が渇くので、蜜柑を頂くととてもうれしい。
歩きながら森田さんがおっしゃった、歩いてお参りできる貴方は一番幸せ、の言葉を思いだし本当にそう思います。でも、とてもしんどいことも事実です。
山を越えるのでもし食べるところがなかったらとスーパーで買物。赤飯、コロッケ、ウーロン茶、バナナ二本、サンドイッチ、牛乳、ゼリー、お腹が空いていたのでたくさん買いすぎ、重いのですぐ道端に座り込んで食べる。ゴミをいつもは宿まで持っていくのですが、今日のは多すぎどうしようかと思っていると、通りがかりの人が、
「お茶を持ってますか。こんなところで埃っぽいのに、家がすぐそこなので良かったら。」と言ってくださる。それでゴミの始末をお願いする。今日もずっとそうですが、道のややこしいところや、困った時には不思議なほど助けてくださる方がいて、本当にいつも有難く思っています。
十二時四十分、山道に入る。誰も通っていない山道をお大師様と歩く同行二人、皆は山越えを大変なように言ってくれますが、私には楽しくてしようがありません。山道を歩くといつも本に書いている時間より早く着きます。
下りかけると涼しい風が汗をかいた身体に心地よい。木々の間から海が見える。鶯の声を聞き、その辺を眺めながら山道を下りきると宇佐町。ここもハウスがいっぱい。少し歩くと鰹節工場。珍しくて中を覗くと大ぜいの女の人が働いている。ここから少し歩くとすぐ海に出る。西に歩いて宇佐大橋へ。ここもすごいラッシュアワー。山の中が嘘のように行楽客でいっぱい。
二時十分、宇佐大橋を渡る。海と山、高い橋の上から眺めると、下はボート遊びや貝拾い、魚釣りの人が小さく見える。風を受けながら美しい景色を眺めていると疲れが飛ぶような気がする。左に海を見ながら広い道を歩く。龍の浜休憩所で腰掛けながらしばらく休む。青龍寺へあと一・三キロ。
三時七分、青龍寺着。思ったより早く着く。一時間程お経をあげて民宿へ。今日はどこも満員で、二十畳位の部屋に私も入れて三組相部屋。
早く着いたのでお風呂を済ませ、夜書けないので急いでこれを書いている。明日は須崎までの予定だが、宿の人が、中土佐まで行けるのでは、この間のお遍路さんが反対回りだけれど須崎から三時間で来たという。私も須崎まで歩いてからのことにします。
明日は少し行楽客も空くのではと思う。ここ何日かは泊まるのも大変なようで、隣のご夫婦のお遍路さんは、昨日室戸で泊まるところがなく車の中で寝たそうです。
ここはきれいな民宿で、親切に洗濯物を干すところも作ってくれ、相部屋を除けば申し分ない所です。少し疲れていますが元気です。よくまあ歩いてばかり出来るものと自分でも感心しています。
都合で遅くまで書けない所では早く着くし、洗濯物がたまったら洗濯出来る宿に泊まれるし、いつも順調にいっています。お大師様のお計らいとしか言いようがありません。いつもお礼を申し上げています。他のお遍路さんの話では大変なこともあるようです。
五月五日 午後七時半
青龍寺そば民宿酔竜にて
作品名:空と海の道の上より Ⅲ 作家名:こあみ