かいなに擁かれて 第五章
カーテン越しに射し込む朝日の眩しさに裕介は目を覚ました。まどろむ思考を現実に引き戻す。はっとして、ベッドの隣を見る。
魅華の姿がない。魅華――。
飛び起きるように寝室を出ると、リビングの向こうでコーヒーを入れる魅華の姿があった。ほっとしてソファに腰を下ろす。
「あ、おはよう。はい、コーヒー」
「早くに起きたのか?」
「ううん、ついさっきよ。行くでしょう? お見舞いに。行った方がいいわ。あなたにとって大切な人でしょう。きっと」
裕介の隣に座り、両手で包むようにコーヒーカップを持ちながら魅華は云った。
「どうだかな」と云って裕介はリビングテーブルのコーヒーを見つめた。
(今更オレはもう関係の無い人間だ)
しかしと、裕介は思った。元妻の父である前に高柳正義は自分の師でもある、と。
義父であった正義もまたかつて技術者であった。そしてその指導の下にあったからこそ今の自分があるのではないかと。
正義は自分の技術を裕介にその全てを継承させた。そして、愛娘をも託した。
かつての上司で師でもあり、同時に義父であった正義が危ないのだ。ただ単に、かつての上司であり師であるだけなら何の迷いなどありはしない。
かつての義父――。そのことが裕介を躊躇わせた。
「コンサートの会場決まりそうで良かったな」
昨夜魅華は、二カ月振りにその報告に裕介の部屋に来たのだった。
「話を逸らさないで。どういう経緯があるにしても行った方がいいわ。でないと、きっと後悔するわ。何を拘っているの? ワタシには関係の無いことだ。てアナタは怒るかも知れないけれど、それでもやっぱり言わせてもらう。危ないって言ったじゃない。関係の無い人にあんな時間に知らせる? アナタを待っているのよ。分かっているのでしょう」
何時になく強い口調で魅華は云った。
「別れた妻の――父だ。オレの師でもある」
魅華には視えていたのだった。昨夜この部屋を訪れたとき玄関ドアの前に立ち尽くす影を見たのだった。そのことを昨夜言うべきかどうかを随分迷ったが結局言えずにいたのだった。悪い予感ほど嫌になるくらいに現実の事になってしまうのだ。
だから今行かなければ、もう会えないと魅華は、はっきりと確信しているのだった。
そして裕介がそのことを今後後悔し続けることをも。
作品名:かいなに擁かれて 第五章 作家名:ヒロ