フランちゃん ~掌編集・今月のイラスト~
「え~と……君は誰だったかな? あまり見ない顔のようだけど……」
水野は脚本家、『モンスター・ハウス』と言うドラマを書いている。
アメリカのホームコメディを下敷きにした、ドラキュラや狼男など西洋の定番の怪物と日本の雪女、ろくろ首などが現代に蘇り、小さな町の古びた洋館で共同生活をしていると言う設定のTVドラマだ。
彼らは、それぞれの特殊能力を使って街で起きた小さな事件を解決したりして、町に溶け込んでいるが、それぞれに弱点も抱えているのでドタバタ騒動も起こす、そんなドラマだ。
水野は収録に何度も立ち会っている、一話ずつ完結するドラマだし、シリーズを通して軸となるようなストーリーもないので、現場の雰囲気を知ることは大切なのだ、それによってインスピレーションをたりすることも少なくない。
登場人物が多いので現場には数多くの役者やスタッフが出入りしているが、水野はその中に見慣れない若い女性がいるのに気づいて声をかけたのだ。
「はい、山田好美と言います」
「仕事は?」
「一応……女優です」
「え? そうだっけ?」
てっきり音声さんか何かが休みで、代わりが来ているのかと思ったのだ。
「私、特殊メイクで出演させていただいてますので」
「特殊メイク?」
「これです……フンガー♡」
「ああ、君がフランちゃんなのかぁ」
そのポーズを見て、水野は思わずクスリとした。
なるほど、それならわかる……口やかましいドラキュラの奥さんとか、惚れっぽい雪女、暗算が得意なお菊さんなどは元の顔がわかる範囲のメイクで出ているが、フランケンシュタインの妹・フランちゃんは輪郭まで変わってしまうくらいの特殊メイク、素顔ではわからなくても不思議はない。
『この役にはこの人を』とお願いした役者さんもいるが、何しろ『フランケンの妹』にぴったりの女優など思い浮かばなかった、『フランケンと対比させるために小柄でコメディタッチの演技ができる役者さんを』とだけ注文を出して人選そのものは任せていたのだ、台詞も『フンガー』のバリエーションしかないし……。
「いい演技してくれてるよね」
「そうですか? ありがとうございます!」
実際、水野はフランちゃんこと山田好美の演技には満足していた。
むしろ指名した役者さんの中には(ちょっと違うな)と感じることもあるのだが、フランちゃんを描くに当たっては大柄でノソノソ歩く兄と対照的にちょこまかと動き回る愛嬌のあるモンスターと言った程度のイメージしか持っていなかった。
だが、好美は水野のイメージを上回るような演技を見せてくれていたのだ、兄・フランケンのイメージからそう大きく外れない容貌を与えられているにも関わらず『可愛らしい』と思わせるほどの。
「山田好美さんだったね、憶えておくよ」
「ありがとうございます!」
そう言ってにっこり笑った好美、水野の頭に『山田好美』の名はしっかり刻み込まれた。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
好美が演技に目覚めたのは中学時代のことだった。
ごく普通の公立中学の、特に演劇に詳しい顧問もいない、毎年部員集めに苦労するような演劇部に誘われたのがきっかけだった。
二年生の時、たまたまクラスメートから、『秋の文化祭の演し物なんだけど、部員が足りないの、助けると思って演劇部に入ってくれない、文化祭までの臨時部員でもいいからさ』と強引に誘われたのだ。
それまでの好美はと言えば、いわゆる『文学少女』、明るくて気が良いのでとっつきにくいわけではないが、気が付くとひとりで本を広げている、そんな女の子で、人前に出て演技するなどと言うことは考えたこともなかった。
臨時でも良いと言うくらいなのでたいした役でもないだろうとOKしたのだが、稽古に出てみると、出番は少ないながらも重要なシーンがあった。
舞台となるのは架空の国の、隣国からの侵略を受けて占領された街。
好美の役は、パルチザンの隠れ家になっている酒場の給仕エヴァ。 リーダーを失って意気消沈する兵士たち……それまで全く目立たなかったエヴァだったが、そんな状況を見かねて兵士たちを鼓舞するシーンが最大の見せ場だった。
「あなたたちそれでもこの国の男なの!? リーダーが殺されたのよ! それって敵の魔の手はこのアジトのすぐ近くまで伸びて来ているってことじゃない! 今すぐ新しいリーダーを選んで立ち上がらなきゃいけないわ! 亡くなったリーダーもきっとそれを望んでるはずよ!」
最初の稽古、台本の読み合わせの時、自分でも思いがけないほどの凛とした大きな声が出た。
「へえ、本当に演技初めてなの? 今の台詞すごく良かったよ、一瞬で空気が変わったみたいだった」
好美を誘ってくれたクラスメートが目を丸くした。
本来は好美の出番はそこで終わりのはずだったが、好美と言う役者を得て台本は書き換えられた。
エヴァは女性ながらパルチザンに加わり、クライマックスの戦闘シーンで銃弾に倒れるが、仲間は酒場でのエヴァの言葉を思い出して奮い立ち、敵を退けて街を解放する……好美は一躍重要な役に抜擢された格好になった。
その演し物は文化祭でも評判になり、演じることの喜びに目覚めた好美は高校でも演劇を続け、卒業後は役者を志して俳優養成学校に進んだ。
だが、物事はそうトントン拍子には進まない、その演技力には天性のものがあると認められるものの、一年経っても二年経っても、いわゆる美人顔でもなければ華やかさにも今一つ欠ける好美は大部屋役者に甘んじていた、そんな折に舞い込んだのがフランちゃん役だったのだ。
特殊メイクで演じるモンスターだが可愛らしさが必要、表情は出しにくく、発する言葉も『フンガー』のバリエーションだけ、そんな条件でもしっかり演技できるとすれば……養成学校で好美の演技力を高く評価していた教官は、ディレクターからそんな難題を持ち掛けられた時に一も二もなく好美を推薦したのだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
水野の脚本は、回を追うごとにフランちゃんにスポットを当てることが増えて行き、フランちゃんはすっかり人気者になって行った。
そして、水野の新作は、人気急上昇中の男性アイドルを主役に据えた学園もの。
アイドルながら硬派のイメージで売る彼の役はバスケ部のエースでキャプテン。
試合をすれば黄色い歓声を浴びるが、バスケ命で、女の子に興味がないわけではないが、面と向かうと上手く話せなくなる不器用な男子と言う設定。 一方の好美は一学年下の、明るくて性格も良いが、あまり目立たない女の子の役、自分自身に対する評価が低く、あまり自信がないと言う設定だ。
だが彼は、ふとしたきっかけで好美が気になり始めるとどんどん惹かれて行く。
不器用な男子と自信がない女子の間に芽生えたほのかな恋は、すれ違いを繰り返しながらもだんだんと深まって行き、最後はめでたくカップル成立と言う、ありがちと言えばそれまでのストーリー。
当初、TV局側からは、相手役として売り出し中の女性アイドルを推薦されていた、彼女はスポンサーのCMに起用される予定だったのだ。
水野は脚本家、『モンスター・ハウス』と言うドラマを書いている。
アメリカのホームコメディを下敷きにした、ドラキュラや狼男など西洋の定番の怪物と日本の雪女、ろくろ首などが現代に蘇り、小さな町の古びた洋館で共同生活をしていると言う設定のTVドラマだ。
彼らは、それぞれの特殊能力を使って街で起きた小さな事件を解決したりして、町に溶け込んでいるが、それぞれに弱点も抱えているのでドタバタ騒動も起こす、そんなドラマだ。
水野は収録に何度も立ち会っている、一話ずつ完結するドラマだし、シリーズを通して軸となるようなストーリーもないので、現場の雰囲気を知ることは大切なのだ、それによってインスピレーションをたりすることも少なくない。
登場人物が多いので現場には数多くの役者やスタッフが出入りしているが、水野はその中に見慣れない若い女性がいるのに気づいて声をかけたのだ。
「はい、山田好美と言います」
「仕事は?」
「一応……女優です」
「え? そうだっけ?」
てっきり音声さんか何かが休みで、代わりが来ているのかと思ったのだ。
「私、特殊メイクで出演させていただいてますので」
「特殊メイク?」
「これです……フンガー♡」
「ああ、君がフランちゃんなのかぁ」
そのポーズを見て、水野は思わずクスリとした。
なるほど、それならわかる……口やかましいドラキュラの奥さんとか、惚れっぽい雪女、暗算が得意なお菊さんなどは元の顔がわかる範囲のメイクで出ているが、フランケンシュタインの妹・フランちゃんは輪郭まで変わってしまうくらいの特殊メイク、素顔ではわからなくても不思議はない。
『この役にはこの人を』とお願いした役者さんもいるが、何しろ『フランケンの妹』にぴったりの女優など思い浮かばなかった、『フランケンと対比させるために小柄でコメディタッチの演技ができる役者さんを』とだけ注文を出して人選そのものは任せていたのだ、台詞も『フンガー』のバリエーションしかないし……。
「いい演技してくれてるよね」
「そうですか? ありがとうございます!」
実際、水野はフランちゃんこと山田好美の演技には満足していた。
むしろ指名した役者さんの中には(ちょっと違うな)と感じることもあるのだが、フランちゃんを描くに当たっては大柄でノソノソ歩く兄と対照的にちょこまかと動き回る愛嬌のあるモンスターと言った程度のイメージしか持っていなかった。
だが、好美は水野のイメージを上回るような演技を見せてくれていたのだ、兄・フランケンのイメージからそう大きく外れない容貌を与えられているにも関わらず『可愛らしい』と思わせるほどの。
「山田好美さんだったね、憶えておくよ」
「ありがとうございます!」
そう言ってにっこり笑った好美、水野の頭に『山田好美』の名はしっかり刻み込まれた。
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好美が演技に目覚めたのは中学時代のことだった。
ごく普通の公立中学の、特に演劇に詳しい顧問もいない、毎年部員集めに苦労するような演劇部に誘われたのがきっかけだった。
二年生の時、たまたまクラスメートから、『秋の文化祭の演し物なんだけど、部員が足りないの、助けると思って演劇部に入ってくれない、文化祭までの臨時部員でもいいからさ』と強引に誘われたのだ。
それまでの好美はと言えば、いわゆる『文学少女』、明るくて気が良いのでとっつきにくいわけではないが、気が付くとひとりで本を広げている、そんな女の子で、人前に出て演技するなどと言うことは考えたこともなかった。
臨時でも良いと言うくらいなのでたいした役でもないだろうとOKしたのだが、稽古に出てみると、出番は少ないながらも重要なシーンがあった。
舞台となるのは架空の国の、隣国からの侵略を受けて占領された街。
好美の役は、パルチザンの隠れ家になっている酒場の給仕エヴァ。 リーダーを失って意気消沈する兵士たち……それまで全く目立たなかったエヴァだったが、そんな状況を見かねて兵士たちを鼓舞するシーンが最大の見せ場だった。
「あなたたちそれでもこの国の男なの!? リーダーが殺されたのよ! それって敵の魔の手はこのアジトのすぐ近くまで伸びて来ているってことじゃない! 今すぐ新しいリーダーを選んで立ち上がらなきゃいけないわ! 亡くなったリーダーもきっとそれを望んでるはずよ!」
最初の稽古、台本の読み合わせの時、自分でも思いがけないほどの凛とした大きな声が出た。
「へえ、本当に演技初めてなの? 今の台詞すごく良かったよ、一瞬で空気が変わったみたいだった」
好美を誘ってくれたクラスメートが目を丸くした。
本来は好美の出番はそこで終わりのはずだったが、好美と言う役者を得て台本は書き換えられた。
エヴァは女性ながらパルチザンに加わり、クライマックスの戦闘シーンで銃弾に倒れるが、仲間は酒場でのエヴァの言葉を思い出して奮い立ち、敵を退けて街を解放する……好美は一躍重要な役に抜擢された格好になった。
その演し物は文化祭でも評判になり、演じることの喜びに目覚めた好美は高校でも演劇を続け、卒業後は役者を志して俳優養成学校に進んだ。
だが、物事はそうトントン拍子には進まない、その演技力には天性のものがあると認められるものの、一年経っても二年経っても、いわゆる美人顔でもなければ華やかさにも今一つ欠ける好美は大部屋役者に甘んじていた、そんな折に舞い込んだのがフランちゃん役だったのだ。
特殊メイクで演じるモンスターだが可愛らしさが必要、表情は出しにくく、発する言葉も『フンガー』のバリエーションだけ、そんな条件でもしっかり演技できるとすれば……養成学校で好美の演技力を高く評価していた教官は、ディレクターからそんな難題を持ち掛けられた時に一も二もなく好美を推薦したのだ。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽ ▽
水野の脚本は、回を追うごとにフランちゃんにスポットを当てることが増えて行き、フランちゃんはすっかり人気者になって行った。
そして、水野の新作は、人気急上昇中の男性アイドルを主役に据えた学園もの。
アイドルながら硬派のイメージで売る彼の役はバスケ部のエースでキャプテン。
試合をすれば黄色い歓声を浴びるが、バスケ命で、女の子に興味がないわけではないが、面と向かうと上手く話せなくなる不器用な男子と言う設定。 一方の好美は一学年下の、明るくて性格も良いが、あまり目立たない女の子の役、自分自身に対する評価が低く、あまり自信がないと言う設定だ。
だが彼は、ふとしたきっかけで好美が気になり始めるとどんどん惹かれて行く。
不器用な男子と自信がない女子の間に芽生えたほのかな恋は、すれ違いを繰り返しながらもだんだんと深まって行き、最後はめでたくカップル成立と言う、ありがちと言えばそれまでのストーリー。
当初、TV局側からは、相手役として売り出し中の女性アイドルを推薦されていた、彼女はスポンサーのCMに起用される予定だったのだ。
作品名:フランちゃん ~掌編集・今月のイラスト~ 作家名:ST