ドールメイカー
ルチルに連れられて着いた場所は、誰かの工房のようだった。
工房全体は丸っこいフォルムで、頭の部分には猫のような耳がついている。遠くから見ると大きなマスコットキャラクターのようだ。大きく空いた口の部分は扉になっている。工房というよりはグッズショップのようだと思った。
ルチルは呼び鈴を2,3回鳴らすと、返事も待たずに扉を開けて中へ入った。慌ててネリアも後に続く。メレーホープから持ってきた紙袋をカウンターの上に下ろした所で、奥からばたばたと足音が近付いてきた。
「いらっしゃいませー! エルドのKawaE工房へ!!」
出てきたのは片目が隠れる程にもっさりとした黄緑色の髪の毛の男性だった。満面の笑みで接客に来た彼は、ルチルを見るとやや落胆した様子で、なんだ珍しいねと話し掛けた。そして、ネリアが居ることに気が付くと……。
「おお! 名前を教えてくれないかい。かわいい人!」
「……え、ぼくですか? ネリア・ガネットです、けど」
「ネリアたん! 素晴らしいね。名前もかわいい。ルチル、相変わらず(作るドールが)かわいいね」
「ルチル様がかわいい!!?」
男性のハイテンションに押されて、ネリアはなにがなんだか分からなくなった。そんな状態でもルチルは冷静にネリアの肩をぽんぽんと叩いて、目をぐるぐるさせている男性に話し掛けた。
「エルド、彼女はドールではありません。人間です」
「なんだって!? 君の新作じゃないのかい? じゃあ、まさか……」
エルドと呼ばれた男性は今にも飛びつきそうな勢いでルチルを見やり、すぐにネリアの方へ首を回した。口をぽかんと大きく開けたまま止まったのを見て、ネリアは改めて自己紹介した。
「あ、僕はルチル様の弟子で、ネリア・ガネットと言います!」
「弟子……あのかわいくない弟子以外にも弟子を取ったんだね。僕はエルド・J・シリカ。このKawaE工房のマスターさ。そう、例えば、こんなかわいい子達を創っている!」
エルドが開け放った扉を指さすと、奥からまるっこくデフォルメされた動物のようなドールがたくさん飛び出してきた。猫のようだったり、牛のようだったり、どの動物にも似ていないものも居る。それらは口々に「ごしゅじんたま」とか「ねこー」とか「わーい」だとか喋って跳ねている。
「ネリア君。彼はこのような『マスコット』という分類のファンシードールを作っているマスターです」
「マスコット……。あっ! これって!」
ネリアは初めてメレーホープに押し掛けた日の事を思い出した。あの時、少年がメレーホープに飛び込んできて、白くて丸い毛むくじゃらのマスコットドールを助けてくれと縋ったのだ。あの出来事が無ければ、ルチルの弟子にはなれていなかっただろう。
「そういえば、あのドールの製作者って若しかして……」
「そうですよ。彼があの少年のドールの修繕費をこちらに押し付けてきた張本人です」
「僕はかわいいものを愛する者の味方だからね。ねー、ねこたん!」
「ねこー!」
エルドは太めの眉をハの字に曲げて、肩に乗せたねこ型ドールを人差し指でなでなでしている。
「で、ルチルは何しに来たんだい? 用もなく来たりはしないだろう?」
「その事ですが、ネリア君にマスコットドールの創り方を教えてあげてくれませんか」
言いながらルチルは、先程カウンターの上に乗せた紙袋から色とりどりの布を取り出した。よく見るとそれはネリアが最初におつかいで買って来たものばかりだった。
「ど、どういうことですか!?」
ネリアはルチルからドール作りを教わりたいのだ。なのに、彼は今会ったばかりのエルドに教われと言う。やはり見捨てられたのだろうか、と不安な気持ちが過ぎった。
「私はマスコットドールの事は詳しくありません。しかし、それを理由に君の芽吹くかもしれない可能性を潰したくはない。私はこれも何かの縁だと思うのです」
「成程、マスコットドールは形が素直だからね。だからって簡単な訳じゃないけど。心配しなくても僕が教えるのはドールの器を作る所までさ。だろ? ルチル」
それでも、ネリアの心は晴れない。離れたくない。そんな言葉が浮かんでいた。
「かわいく無い方の弟子くんは最初から形だけはしっかり出来てたからね。……だから、ネリアたんにどう教えればいいのか分からなくて困ってるんだよ。ルチルは。師匠失格だね」
ニヤリと笑ってエルドはネリアの方へ寄り、口元に手を当て耳打ちするが、ルチルには聞こえているようだ。いつもの無表情がやや居心地が悪そうに動いた気がした。
「見捨てられたわけじゃ、ないんですよね」
「ええ。もちろんです」
ルチルの深い海の青みたいな左目が、何か言いたげにネリアを見つめた。
「それに、来るのは彼の方です。1週間に1日ほど、メレーホープに来てもらいましょう。仕事が無ければ、私もそばで見学させて頂きますし……」
「え! なんだいそれ!? そんなの、聞いてない!」
「言いませんでしたから」
心の中で止まっていた何かが、動いた気がした。ルチルの変わらない表情が優しく感じる。
「これからも、メレーホープの仕事もお願いしますね。ネリア君」
「……は、はいっ!!」
マスコットドール達が嬉しそうに跳ねまわる。ネリアも元気いっぱいの笑顔で跳びはねた。暫くしてから溜息と共に仕方ないなぁと、エルドはつぶやいた。