Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚
そんな天界の遥か下。
地上では、リル達があの大きな街を出て、街道を歩いていた。
少し動けば汗ばむほどの陽気の中、どこまでも広がる青空の下を、三人と一匹は歩いている。
クリスは、奪われていた腕輪を取り戻して、もうこの街にいる理由が無くなったのだろう。
早々に街を去ろうとする後ろを、リル達が追った。
「あのね、クリス。ボク達は、お使いを頼まれてここに来たんだ」
リルが、もう依頼は達成したと踏んだのか、クリスにそう話しかける。
「え? お使い?」
隣を歩くクリスが、不思議そうな顔でリルを見る。
「うん」
「いったい誰の……?」
「えっとね、カロッ……」
「リ、リル!! それはまだ――……っっ!!」
リルを止めようと叫びかけた久居が、激しい痛みに顔を歪めた。
ガンガンと痛む頭を押さえて、今にも屈み込みそうな様子の久居に、リルが声をかける。
「久居、頭痛いの?」
「ええ、少し……」
絞り出すような久居の言葉に、リルは思う。
(久居の『少し痛い』って、すごく痛いんだよね……)
「大丈夫です、ただの二日酔いですから……。それより……」
止めようとする久居に、心配顔だったリルがキリッとした表情で返す。
「お仕事終わったら、クリスに話すって約束したのっ」
「そ、それはカロッサ様に伺ってからの方が良いのでは……」
言いながらも、久居は思う。
(それに、おそらくまだ終わりでは無いでしょう……)
あのフードの少年鬼に言われた言葉が、鮮明に蘇る。
『四環はしばらく預けておく。すぐ取りに行くが、な……』
考え込むように黙ってしまった久居を見て、リルが歯痒そうに唸った。
「うー……」
リルは、返事を待つクリスを振り返ると、精一杯の誠意を持って伝える。
「じゃあ、カロッサに報告したら、また来るっ」
「でも、私もこのまま街を出るつもりだし、その時どこに居るか……」
困ったように答えるクリスを真っ直ぐ見つめて、リルは心を込めて言った。
「クリスがどこに居ても、ボクが見つけて会いに行くからねっ」
そんなリルの言葉に、クリスは小さく目を見張る。
「待っててねっ」
きっと、それはリルの本心なのだろう。
クリスには、どこにいるかもわからない相手を、この広い国で探すなんて途方もない事のように思えた。
けれど、リルの気持ちだけは、真っ直ぐクリスの心へ届いた。
「うん、わかった」
青空の下で、クリスが金色の髪と赤いリボンを風に揺らして微笑む。
「待ってるね」
白い猫も、少女の腕の中で同じように笑っていた。
作品名:Evasion 2巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都