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circulation【5話】青い髪

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 家を出て十日目。

 私達はようやくランタナに辿り着いた。

 町は、それなりに高さのある石壁でぐるりと囲まれている。
 私達の入ってきた門から、真っ直ぐ続く大通りの果てにかすかに見える大きな門が、この国の関所になっていた。

 両脇に様々な店が軒を連ねる活気溢れる大通りに、フォルテがワクワクきょろきょろとせわしなく視線を送っている。
 繋いだ手を離さないようにしておこう……。
 ここではぐれたらフォルテが間違いなく迷子になりそうな予感がして、フォルテの右手をそっと握りなおす。
 それに気付いたのか、フォルテがぱっと顔をこちらに向ける。
 その大きな瞳がキラキラと輝いている。
「大きな町だねっ」
 高揚した気持ちがはっきり伝わってくるような口調のフォルテに
「うん、そうだね」
 と微笑んで返す。

 そしてやっと気付く。
 この通りには他の町と違って、お土産物屋が多いのか。
 それに、歩きながら食べられるような軽食の露店も多い。

 ランタナには両親とよく来ていたのだが、今見ると、その時には全く気にしていなかった物があれこれ見えた。
 宿屋も多いが酒場も多い。行き交う人々は、その半分以上が旅人だった。
 ランタナって本当はこんな町だったのか……。
 幼い頃に作られたランタナのイメージは、ただ漠然と、人がいっぱいで、綺麗な町並みに面白い物が売られている大きな町というものだった。
 お土産物屋の軒先に並んだ、小さなガラス細工の動物達に気を取られているフォルテを見ながら、フォルテにとっては、今現在がそうなのだろうと思う。

 大通りから一歩入ると途端に静かに感じるのは、大通りが騒がしすぎたせいだろうか。
 町に入ってからは、珍しく、スカイが先頭を歩いていた。
「じゃあ、ここで待っててくれ」
 三階建ての、周りよりほんの少し大きな建物の前で、スカイが振り返って言う。

 周囲の景観に調和した、特に目だったところのない民家のような建物には、確かに『盗賊ギルド』と書かれた小さな看板が下がっていた。

「そんなにすぐ覚えられる技なの?」
「いや、とりあえず、どのくらいかかりそうか聞いてくるよ」
 私の問いに、スカイが苦笑しながら答える。
 それを聞いて、デュナが腕を組んで言う。
「長くかかるようなら、それなりの宿を探す方が良さそうね」
「それなりの宿って?」
 フォルテが首を傾げる。
 デュナが、フォルテの方へ少し屈んで、長期宿泊用の宿について説明をし始めるのを横目に見ながら
「ちょっと行ってくるな」
 とスカイが扉の奥へと消えた。

 建物と建物の間隔が近いせいか、日差しの差し込んでこない狭い通りで、何をするでもなくスカイの帰りを待っていると、フォルテがポツリと疑問を口にした。
「なんでスカイは盗賊さんになったのかなぁ」
「……え?」
 フォルテにはまだ誰も話していなかったんだっけ……?
 何だかものすごく今さらに思えるその問いに、思わず間抜けな声を上げると、
「なんだか、盗賊さんって、スカイに似合ってない気がして……」
 とフォルテが答えてくれた。

「う、……うん。そうだね……」
 確かに似合ってない。と、私も思った。
 最初に「俺……盗賊になった」と言う台詞をスカイから聞いたときには、自分の耳を疑ってしまったほどだ。
「え、と……盗賊?」
「ああ」
「盗賊ってあの……盗む、に、賊って書くその……シーフ?」
「ああ、まあ、冒険者としての職業盗賊だから、犯罪は出来ないけどな」
 今から三年ほど前。
 何だか情けない顔をして、力なく笑うスカイが、とても儚く見えた日だった。

 ガチャリと音を立てて扉が開く。
 簡素な木の扉には、その内側に鋼鉄が張られていて、軋むような木の音はまるで聞こえなかった。

 扉から、音も無く出てきたスカイと目が合う。

 先ほど思い出していたスカイの表情がまだ頭の端に残っていたせいか、うっかり憐れむ様な目でスカイを見てしまった私の視線と、疑問の答えが出ないまま、それをスカイに求めようとするフォルテの視線。

 その二つを受け止めて、スカイがたじろいだ。
「ど、どうした……?」
 フォルテが私を見上げる。
 聞いても良いのか、と言う事だろう。それにコクリと小さく頷きを返す。

 ……スカイにとっては、あまり、聞いてほしくない事だろうけどね。

 小さな口を思い切って開こうとしたフォルテより早く、デュナが問いかけた。
「で、どのくらい時間はかかりそうなの?」
「え、ああ、一週間から十日ってとこだろうってさ」
「ふーん……微妙なところね」
 デュナが考え込むように顎に手を添えて明後日の方を見る。
 フォルテがもう一度口を開こうと試みたとき、もう一度デュナの声がした。
「ま、とりあえず移動しましょ」
 ちょっとガックリしているフォルテに「後でゆっくり聞けばいいよ」と声をかけ、
 まだ何事かを考えながらも颯爽と歩き出したデュナの後ろを、
 私達はいつものように追いかけた。


 町の規模として、ランタナは城下町であるトランドに劣るものの、冒険者の出入りという点では国境に面したこちらの方が激しいのだろう。

 ランタナの冒険管理局は、二階建ての横に広い建物で、窓口が四つも並んでいた。

 そのうちの一つにデュナが並ぶ。
 長蛇の列は出来そうになかったが、それでも常に一人、二人が窓口に並んでいるというのは、何だか異様な光景にも思えた。

 筋肉をたっぷり盛られた巨躯を、折りたたむようにして窓口に話しかける壮年の冒険者や、小麦色の肌にピンク色の髪をなびかせながら、ぎょろっとした目付きのトカゲのような生き物を肩に乗せている、美しい女性冒険者。
 瑠璃色の甲冑に真っ赤な裏地のマントを翻して颯爽と歩く冒険者……いや、どこかの騎士だろうか?
 そういった人々を眺めて、フォルテが「ほーーーっ」と細く息を吐いた。
「凄いねぇ」
 私を見上げて、フォルテがラズベリー色の瞳を細める。
「うん、色んな人がいるね」
 国境を越えようとする冒険者や旅人達は、皆様々な国を思わせる出で立ちをしていた。

 私も、両親と旅をしていた頃はあの中の一人だったのだろう。
 父の連れている灰色の犬は、ずっと北の方にしか居ない種類の生き物らしく、そうでなくとも大きな体のウォルは、どこに居ても目立った。

 父さんも、ウォルも、クロスさんも、元気にしているんだろうか……。
 もうかれこれ二年近く、その姿を見ていない気がする。
 そうか、フォルテはまだ父さん達には一度も会った事がないんだっけ?

 そんなことを考えていると、デュナが戻ってきた。
「お待たせ。管理局が斡旋してる宿屋に良さそうなところがあったから、紹介状書いてもらったわ」
 そう言って、デュナは私達に小さな封書をかざして見せた。

 管理局から大通りを挟んで反対側のブロック。
 その細い通りをうねうねと十五分ほど歩いたところにその宿はあった。
 水色の壁に白くて細い板が模様のようにマス目状に貼り付けられている。
 可愛らしい印象のこぢんまりとした宿だった。
「ここがお宿?」
 尋ねるフォルテに頷きを返す。
「うん、そうみたいだね」
「なんだか可愛いね」