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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 まだ健康そうな木の太い幹へ、バキバキと音を立てて亀裂が入る。
 たった一撃だったにもかかわらず、その木は殴られたところから完全に二つに折れると大きな音を立てて倒れた。
 久居は、度重なる信じられないような出来事に、ただ呆然とそれを眺めていた。
「うんー……?」
 ズズンと地を揺るがした轟音に、リルがようやく目を覚ます。
 久居の腕の中で、まだ眠そうな顔をして、小さな指先でこしこしと目を擦るその様子は、平和そのものだ。
「リル!」
 久居は、先程の話もあり、無事目覚めたリルの様子に喜びの声をあげる。
「うわぁーっ!」
 しかしリルは、瞳をキラキラと輝かせ、全く別のものを見つめていた。
「かわいいーっ♪♪」
 久居の腕を抜け出すと、リルは宙に浮くその不思議な生き物を抱き上げた。
 逃げ出そうとジタバタもがく生き物の意思には全く気付かない様子で、リルはすりすりとその背の翼に顔を埋めて、幸せそうに呟く。
「ふかふか〜〜〜……」
「おい、リル」
 声をかけられて、リルはそちらを振り返る。
「あれー? おとーさんだー」
 不思議そうに見上げてくる、幼い息子に、クザンは観念するようにため息を吐きながら言った。
「明日からお前と久居は、俺と一緒に生活するからな」
「え、なんで?」
 リルは、全く意味が分からないという顔で首を傾げたが、久居は、素早く膝を付き、深く頭を下げた。
「よろしくお願いいたします!!」

 クザンは「ああ、よろしくな」と返事をすると、二人に背を向け、まだ俯いたままのリリーの肩を抱き寄せる。
 浅はかな言葉で傷付けてしまった事を詫びると、リリーは、まだ悲しみの残る瞳で微笑んで応えた。

 フリーは、時の止まった空間で、今も菰野の手を握り締めている。
 菰野は、溺れそうなほどの悲しみに包まれたまま、血の泉に沈んでいた。

 そんな主人を、必ず助け出すと、久居は強く心に誓う。
 自身が挑まねばならない事は未知過ぎて、予想はできなかったが、例えどんな要求にも応え切ろうと覚悟する。

「そういえばお腹すいたよー。おかーさんお弁当ー……」
 リルの言葉にリリーが「クザンが残さず食べたわよ」とバッサリ答える。
 リルの腕の中では、もがき疲れたのか、小さな竜がぐったりとうなだれていた。



 ……こうして、誰もが。

 緩やかに、確実に、世界に巻き込まれてゆく……。


【第一部 完】