Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
葛原は、松明を掲げて行先を照らすと、また歩き出した。
あれからどのくらい登っただろうか。
石を手にしてから、体調は随分と楽になった。
行手に、ぼんやりとほの明るい場所が見え隠れする。
(明かりか?)
葛原は、自身の持つ火とは違う白っぽい色の光を、どこか不気味に感じつつも、松明をおろした。
(あそこに菰野が、いるのだろうか……)
喜びと悲しみが同時に湧き上がる。
混ぜ合わさると、それは葛原のよく知る、深い寂しさに似ていた。
久居を草の上におろすと、葛原は岩を寄せ、簡易的な置き場を作り、松明をそこに立てた。
そっと近付くのに灯りは邪魔だが、帰る時には必要だ。
葛原は、目を閉じると、深く深呼吸をする。
菰野とは、今日で別れよう。
寂しくないなどとは、とても言えそうにないが、きっと私よりも、父上の方がずっとお寂しいだろうから。
全ては、父上のために……。
葛原は目を開く。
右手に久居の括られている髪を掴むと、左手を刀に添え、光を目指した。
がさり。と、近くで聞こえた足音に、菰野は目を覚ました。
「久居、遅かっ――……」
口にしながら菰野がそちらを見ると、血に濡れた久居の姿があった。
菰野の視線を受けて、葛原が久居の髪から手を離す。
久居は受け身をとる様子も無く、地に伏した。
「久居!?」
菰野には怪我の程度までは分からなかったが、少なくとも足や頭に出血があるのは見て取れる。
「久居に何を!」
「動くな!!」
叫んで上半身を起こした菰野に、葛原の鋭い声が刺さった。
「こいつには、ちょっと眠ってもらっただけだ」
そう告げながら、葛原はすらりと刀を抜くと、久居の首へと刃を向ける。
「この眠りが永遠のものになるかどうかは、お前次第だが……な」
「くっ……」
視線を送られ、菰野は、枕元の刀へと伸ばした腕を止めた。
「両手はあげておけ。立ち上がらず、そのまま刀をこっちに蹴り寄越せ」
葛原の言葉に、菰野は逡巡する。
(どうする……どうすればいい?)
熱のせいか、頭がうまく回転しない。
(久居だけが生き残るようなやり方では、後を追わせてしまいかねないか……)
答えの出ないもどかしさに歯噛みしながら、菰野がゆっくりと両手を上げる。
「早くしろ!!」
久居の首に当てられた刃に力が込められる。
引かれれば、血が吹き出すだろう。
菰野は迷いを捨て、瞬時に刀を蹴った。
カシャンと音を立てて、菰野が蹴った刀は、横たわる久居に当たって止まる。
久居の片足には矢が刺さったままになっていた。
(久居は薬で寝かされているのか……? 片足は使えそうにないな……)
普段の久居なら、これで無反応という筈はない。
菰野はじっと目を凝らして、久居が息をしている事を確かめる。
その間に葛原は、菰野の刀を拾いあげると、自身の腰へと差した。
「待たせたな、菰野」
葛原は、久居の髪の結び目を掴んで引き摺りながら、座する菰野の前まで近付くと、無造作に久居を手離した。
「今、あの世に送ってやろう」
抜き身の刀を、菰野へと真っ直ぐ構える葛原。
菰野は、死の気配に背筋を震わせた。
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都