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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 フリーも今日一日のごたごたで、かなり疲れてはいたが、菰野のためにと駆け出す。
 そんなフリーにリルが声をかけようとした時、茂みから唐突に姿を現したのは、フリーのよく知る人物だった。

「お母さん!?」

 フリーの声に、全員がそちらを振り返る。
 リルは耳で分かっていたのか、にこにこしている。
「二人とも、帰りがあんまり遅いから、迎えにきちゃったわ」
 リリーは、いつものようにふわりと微笑んだ。
「はい、これ救急箱よ」
 差し出される箱を、フリーが受け取る。
 薄暗くなってきた中、母はランタンも二つ持っていた。
「お腹も空いたでしょう。お弁当も作ったから、後で持ってくるわね。一度に運びきれなくて……」
「え……でも、何で……」
 ぽかんと母を見上げるフリーの後ろで、リルは『お弁当』の言葉にはしゃいでいる。外したばかりの久居の首巻きがリルの手でバサバサと振り回されていた。
「あなた達の親だもの、分かるわよ」
 リリーはそう言って、フリーに小さく笑ってみせると、リルへ木製のバケツを差し出す。
「さ、リルはこれに水を……あら?」
 そこで、母は一度言葉を切った。
「リル、首の石はどうしたの?」
「ほぇ?」
 尋ねられて、ようやくリルは気が付いた。
 自分の首に、何もかかっていない事に。
「うわぁぁぁああぁっ無いよぅぅうううぅ!?」
 手に握ったままの首巻きごと頭を抱えるリルを、リリーがひとまず宥めようとする。
 そこへ、菰野が丁寧に名乗りつつ近付いた。
「申し訳ありません」
 菰野はリリーの足元へと跪いて謝罪する。
「皆さんにご迷惑をおかけしてしまい……」
「あらあら……」
 リリーは菰野の態度に苦笑を返すと、視線を合わせるように屈んだ。
 触角がしょんぼりと揺れて、菰野の方へと下がる。
「怪我人は安静にしていてちょうだい。あの子達の事は、あなたの責任じゃないわ」
 理由や経緯を尋ねるどころか、彼等からすれば異質なはずの人間に対して、リルとフリーの母は不自然なほどに寛容な態度を示した。
「そんな……」
 幾らかの罵倒を覚悟していた菰野が、あまりに何も言われない事に戸惑う。
「痛そうね……、私が治してあげられればよかったのだけれど」
 リリーはそんな彼の心を知ってか知らずか、菰野の肩にそっと手を触れると、その傷の心配をした。
「え?」
「こういうのは夫が得意なのよ」
 彼女の言葉に疑問はあったが、それでも菰野は頭を下げる。
「その……」
「もう気にしないでちょうだい」
 せめて多少は、謝罪や状況説明をと気遣う菰野を、リリーが静かに止める。
「私も、あなたも、あの子達も……、みんな平等に世界に巻き込まれているのだから……」
 その言葉に、久居が引っ掛かりを感じる。
(世界……に、巻き込まれている……?)
 こんな場面で、そんな言葉を使うだろうか。
 確かに、彼等と自分達では文化が違う。そのため、そういった言い回しが通常でないとは言い切れなかったが、それでも、しばらくリルと会話をしていた限りでは、そんな物は耳にした事がなかった。