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Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚

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 一方で久居は、握り締めた拳を一層握り込んでいた。
「リル……」
 声をかけられて、まだ鏡を握って自身の後ろ髪とぴょこぴょこ戯れていたリルが顔をあげる。
 久居は、言わなければならないと、わかっていた。
「私は……、私は、もう……。ここへは……」
 わかっているはずなのに、そこから先が、どうしても、久居には紡げない。
 異様に静かな森に、ギリッと、自身の拳の軋む音だけが聞こえた。

「わっ、大変っ!! コモノサマもうすぐこっちに向かってきちゃう!!」
 リルが手を耳の後ろにあて、慌てた様子で声をあげる。
「ご、ごめんねっ、鏡に夢中でぼーっとしてたみたいっ」
 リルが鏡を、ありがとうと添えつつ久居に返す。
 久居は何も言えず、それを受け取った。
 村の方向へバタバタと駆け出したリルが、茂みの手前でピタと足を止め、振り返る。
「久居っ。また二日後にね!!」
 嬉しそうなリルの笑顔が、久居の胸に痛みを伴って滲み込む。
 迷いなく遠ざかる軽い足音に、久居はその背を見送った。
(リル……)
 黒髪の従者は、城へ向かって足を動かしながらも、自分を慕ってくれる小さな少年へ、胸の中で謝罪を繰り返す。
(すみません……、どうしても、ダメなのです……)
 最後の茂みを抜けると、加野の墓の隣へと出た。
 久居はそこで足を止めると、後ろを……リル達の住む山を、振り返る。
(この山に、立ち入ることだけは……)

 どのくらいそこに立ち尽くしていたのか。
 後から下山してきた菰野が、茂みを抜けてすぐのところで久居に鉢合わせて、声をあげる。
「うわぁっ! ひひひ久居っ!? どうしたんだこんなとこでっ」
 尋ねられ、久居は静かに目を伏せる。
「山を……見ていました……」
 確かに、山を見ていた風ではあった。
 けれど、それにしたって、少し様子がおかしいと菰野は思う。
(……久居……?)
 力無い従者の声に、少年主人は彼を案じたが、これ以上尋ねる事は自身の首を絞めると分かっている。
 頭の隅に過ぎる金色の笑顔に、菰野は喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込んだ。