Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚
三話『冷たい瞳』
灯りの落とされた薄暗い部屋に、乾いた咳の音だけが聞こえる。
譲原皇の寝所には、寝台に横たわる彼以外に、何人かの女官が控えていた。
譲原皇は食事もままならなくなり、寝たきりとなっていた。
げっそりとこけた頬、苦し気に口元を覆う手も、骨と筋ばかりが目立った。
乾いた咳が幾度となく繰り返されていたが、そこに水音が混ざると、控えていた女官がそれぞれに濡れ布巾や椀を持って介助に入る。
掌に広がる温かい感触に、譲原は薄っすらと目を開く。
そこへはやはり、赤いものが滴っていた。
(そろそろ私も……、姉上の許へ逝かねばならないか……)
死ぬ事は、それほど怖くはない。
もうとっくに覚悟は済んでいた。
けれど、可愛い子ども達を残して逝くことだけが、譲原には酷く心残りだった。
葛原なら、きっと真面目に国に尽くしてくれるだろう。
小柚も、あの母が付いていれば大丈夫だろう。
心配なのは、菰野だった。
母も父も無く、何を残してやることもできない。
それどころか、本当のことすら、まだ話せずにいる。
譲原は、身動きの取れぬ病床で、ただひたすらに菰野を憂いていた。
(菰野……)
作品名:Evasion 1巻 和洋折衷『妖』幻想譚 作家名:弓屋 晶都