狐鬼 第二章
此(こ)のログハウス喫茶店(カフェ)には屋外(テラス)席があり
屋外(テラス)の階段を下(お)りた先は砂浜だ
木製両開き扉の硝子(ガラス)越し、宵(よい)の海が凪(な)ぎる
不意(ふい)に足音に気付いて目線を向ける窓外(そうがい)、「人影」がいた
『母親を捨てて』
『父親を捨てて』
『此(こ)の場所を捨てて、一人で生きていこう』
自分は「たか」との指切りを守った筈
『約束してくれたら此(こ)れ以上、殺さないよ』
『誰も』
『誰もね』
「たか」も自分との指切りを守ってくれる筈
其(そ)れでも息が震えた
其(そ)れでも身体が震えた
「たか」ではないと確信した今も動悸(どうき)が止まらない
当然、「人影」自体は可笑(おか)しい事ではない
唯(ただ)、夏場(オンシーズン)を終えた今、砂浜からやって来るかは疑問だ
実際、屋外(テラス)席の屋外外灯は消えたままだ
「人影」は小脇に抱えた「何」かを階段の手摺(てす)りに立て掛ける
其(そ)の様子を注視(ちゅうし)していると突如(とつじょ)、はつねが叫(さけ)ぶ
「嫌!」
「止(や)めて!!」
「入って来ないで!!!」
徒(ただ)ならぬ発言に振り返れば
カウンターから慌(あわ)てて飛び出して来るはつねの姿が飛び込む
「何だ何だ」と、再び目を戻す
木製両開き扉が齣(コマ)送り映像の如(ごと)く、ゆっくりと開(ひら)いていく
件(くだん)の「人影」が一歩、店内に足を踏み入れる
咄嗟(とっさ)に固唾(かたず)を呑む中、はつねの悲鳴が上がった
「砂!、砂ぁ!!、砂ぁあ!!!」
次の瞬間、「人影」の何処(どこ)かから大量の「砂」が零(こぼ)れる
「悪りぃ、はつね」
然(そ)う謝罪するウエットスーツ姿の男性が眉を「八(は)」の字にして笑う
然(そ)うして蟀谷(こめかみ)を掻(か)く其処(そこ)からも「砂」が零(こぼ)れた
「!あ!、あはは、は、は」
到頭(とうとう)、目を剥くはつねが無言のままカウンターへと引き返す
多分、奥の物置に掃除道具を取りに行ったのだろう
男性も察(さっ)したのか
場都合(ばつ)が悪そうに蹲(しゃが)み込むと足元の砂を両手で掻(か)き集める
当然、手伝おうと走り寄るが
「ああ、平気平気」と片手を振りながら男性が顔を上げた
御互い、顔を見合わせて気が付く
人だ!
砂浜で声を掛けた<
女の子だ!
一層(いっそう)、場都合(ばつ)が悪そうな顔をする男性を余所(よそ)に
はつねが右手に箒(ほうき)、左手に塵取(ちりとり)を持って「現場」に駆(か)け付ける
「御免(ごめん)ね、すずめ」
「御飯中なのに」と、詫(わ)びながら
床を掃(は)き始めるはつねに気付かれない様に
矗(すっく)と立ち上がる男性が口元に人差し指を当てて「しー」と、御願いした
疚(やま)しい事等ないが
疚(やま)しい事だと、はつねに誤解されるのは嫌なので頷(うなず)く
心做(こころな)し胸を撫(な)で下ろした様子の男性が
いそいそと御手伝いをしようとはつねの持つ塵取(ちりとり)を受け取ろうとするも
はつねははつねは物凄い勢いで振り払う(笑)
男性は手持ち 無沙汰(ぶさた)カウンターテーブルの椅子に
「砂」だらけのウエットスーツで腰掛け更(さら)にはつねの怒りに火を付けた