狐鬼 第二章
夕刻(ゆうこく)の食事時だが
ログハウス喫茶店(カフェ)には二人の他(ほか)、客はいない
抑(そもそも)、夏場(オンシーズン)以外は
地元客相手に細細(ほそぼそ)と営業している商売だ
店主のはつねは然程(さほど)、気にする風もなく
此(こ)れ幸いとすずめの席である椅子に腰掛ける也(なり)、口を開く
「みやちゃん」
其(そ)の如何(いか)にも「弟」風情(ふぜい)を呼ぶ「ちゃん」付けに
毎度の事ながら白狐は背筋がむず痒くなる
当(とう)のはつねははつねで説教めいた事を吐(は)くつもりはないが
何を如何(どう)言えば良いのか、考え倦(あぐ)ねていた
若過ぎる二人に何を如何(どう)言っても多分、御気に召さないだろう
其(そ)れが「青」だ
其(そ)れが「春」だ
束(つか)の間(ま)、若気の至りが過ぎた自身の「青春」を振り返り
余(あま)りにも目の前の二人の「青春」が陽気に見えない事に胸が痛んだ
其(そ)れでも二人が声を揃(そろ)えて「幸せだ」と、言い切るなら何も言わない
言わないが、せめて此(こ)れだけは言わせてもらおう
「競馬もね良いけどね」
「真面目に働く姿、すずめに見せるのも良いと思うよ」
はつねの言葉に伊達(だて)眼鏡越し
翡翠(ひすい)色の眼を向ける白狐も充分、理解している
自分にとって「金」は存在しない
自分同様、すずめにとっても「金」は存在しない
童話の如(ごと)く枯れ葉を「金」に変える事は出来ないが
此(こ)の世の情報を操作する事は造作ない
其れでも貯金通帳とやらを片手に
「御金は払う」と、宣(のたま)ったのはすずめだ
「御金は稼ぐ」と、宣(のたま)ったのもすずめだ
「俺が働く」
「そんな事、出来ない」
「出来る(!)」
「出来ない」を言葉通りに捉(とら)えた結果
若干(じゃっかん)、語気を強めたが倍の強さで言い返された
「!みや狐(こ)を働かせるなんて出来ない!」
「!神様なんだよ!」
「!神様なんだよ、みや狐(こ)は!」
『此(こ)れが「神」か』
『所詮(しょせん)、獣から成り上がった「神」だ』
糞(くそ)の役にも立たぬ「神(俺)」だが御前に要らぬ苦労をさせる気はない
「分かった、俺も働かないが御前も働かない」
だが、其(そ)れでは遅かれ早かれ「金」が尽きる
然(そ)う言いたげなすずめの眼差しを受けて、彼女が握り締める預金通帳を指差す
「働かないが御前の其(そ)の金、俺に預(あず)けてくれないか?」
一も二もなく頷(うなず)くすずめから受け取る
其(そ)の「金」を元手に賭博(ギャンブル)に手を出した次第だ
「神狐(しんこ)」が賭事(とじ)とは
長老 狐(こ)共に知れたら発狂ものだと思うが背に腹は代えられぬ(笑)
毎夜(まいよ)、「獣」姿とはいえ
すずめを抱(かか)えて横になる「獣」が考えて考えた結果が此(こ)れだ
其(そ)れを此方(こちら)の事情を知らぬはつねに
如何(どう)やって伝えれば良いものか、今度は白狐が考え倦(あぐ)ねる
暫(しば)しの沈黙
御節介(おせっかい)な上、急勝(せっかち)なはつねは白旗を振る
点頭(てんとう)しながら椅子から立ち上がるも是又(これまた)、性分なのか
出来の悪い「弟」擬(もど)き程、可愛い
自信作の稲荷寿司にしても此(こ)のログハウス喫茶店(カフェ)には合わず
売れ行きは今一つで品書(メニュー)から消えたが
今は唯(ただ)、此(こ)の「弟」擬(もど)きの為だけに作っている日日(ひび)だ
つい其(そ)の短髪の黒髪を撫(な)で回した結果、白狐が唇を尖(とが)らす
「はつね、俺は餓鬼(がき)じゃない」
「はいはい、めんごめんご」
昭和の死語で謝罪するはつねは見た目以上に
歳を食っているのかも知れないが白狐を「子ども扱い」するには無理がある
無理があるが白狐は満更でもなかった
徐(おもむろ)に伊達(だて)眼鏡を外(はず)す白狐の背後
不図(ふと)、気が付いて振り返れば赤い目をしたすずめが立っていた
「大丈夫か?」
大丈夫ではない事 位(くらい)、見れば分かる
其(そ)れでも然(そ)う訊(たず)ねる白狐の頭頂部目掛けてすずめが手を伸ばす
「御前は認めん(!)」と、手を取る白狐が顎で「座れ」と促(うなが)す
然(そ)うして大人しく従(したが)うすずめを半眼で見遣る
其(そ)れでなくとも御前
寝床で俺の毛を区区(ちまちま)、毟(むし)っているのに気付いているからな
其(そ)れで眠りに就(つ)くのならば毟(むし)ればいい
其(そ)れでも眠りに就(つ)けないのならば幾(いく)らでも毟(むし)ればいい
然(そ)うして歩いて行くしかないのだろう
望もうが
望むまいが
稲妻形(ジグザグ)な道を「俺」と歩いて行くしかないのだろう
「大丈夫か?」
もう一度、訊(たず)ねる白狐にすずめは項垂(うなだ)れる
其(そ)れは頷(うなず)いたのか何なのか、如何(どう)でも良い事だ
どうせ御前の心中は自分には筒抜けだ