狐鬼 第二章
「神狐」やら到底、信じられない話だけど、
ログハウス喫茶店(カフェ)の木製出入口扉を跨いだ瞬間(とき)から
はつねをガン見する 自分(黒狐)を観察する
くろじと古着屋店主の視線に好い加減 舌打ちし交互に睨(ね)め付ける
刹那、蛇に見込まれた蛙の如(ごと)く 竦んでしまう
くろじと古着屋店主相手に 更に「圧」を掛けようとするが
「さ狐」
名を呼ばれ
金狐に嗜(たしな)められるも内心、黒狐には別の意図があった
然うだ
「人間」ならば男だろうが 女だろうが
斯うした反応になる筈なんだ
なのに
なのに眼の前の 此の女 (はつね)は違う
「、あの」
「、あの、ですね」
話して、いいのかな?
話しても、いいのかな?
口籠もり 次の言葉が出てこない
すずめに
「ん?、なになに?」
努めて明るく
はつねも促(うなが)すが一向に 会話が進まない
様子に 金狐が(内容違いの)助け舟を出す
「甘味で小腹を満たしたいのだが」
「ああ」と 頷く
屋外(テラス)席を興味津津に眺める 金狐に向き合う
はつねが「どうぞ」と カウンターテーブルに置く、品書(メニュー)を手渡す
此処ぞとばかり
金狐の素性を見定める様子の はつねの胡桃色の目が
金狐の琥珀色の 眼と搗(か)ち合う
其れは 時間としては短いが
其れは 体感時間としては長かったのだろう
其れは「矢張り 此の女可怪しい」
と、黒狐が確信するには十分過ぎるくらいには 長かった
金狐も金狐で
琥珀色の眼差しの奥、月影の如き白銀(しろがね)の光で はつねを捉える
今の今迄
己(金狐)を直視出来る「神狐」は多くない
或る者は 恐れ
或る者は 気味悪がる(笑)
だが 眼の前の女 (はつね)は「人間」でありながら「(特)別 (の)物」だ
今も尚、己(金狐)を見詰め返してくる
此れだから「人間」は面白い と、心中 感嘆する
金狐が笑みを浮かべて 呟やく
「丙午(ひのえうま)か」
其(金狐)の言葉に反応する
黒狐が「道理で」と、吐き捨てた
「丙午」とは 六十年に一度 やってくる、干支の一つ
此の年には火災が多く
又、此の年生まれの「女」は夫を殺すという
俗説がある程、気が強い女性 (らしい)
二人(金狐と黒狐)の様子に「なに?」と 聞き返えす
はつねから品書(メニュー)を受け取り 丁寧に礼を述べる
金狐は、いそいそ屋外(テラス)席 木製両開き扉を開(あ)け広げて 出て行く
何とも引っ掛かるが
何とも言わずに金狐の背中を見送る
はつねの前を 黒狐が何食わぬ顔で通り過ぎて行く
瞬間、是(これ)見よがしに鼻を鳴らす
相手(黒狐)に打ち切れる寸前の はつねにすずめが慌てて謝まる
「、ごめんなさい」
(黒狐の為に?)頭を下げようとする
すずめを止(と)めて、はつねは笑顔を湛(たた)えて 頭を振った
「いいのよ」
、はつねさん
「いいのよ」
「みやちゃんの「友達」なんでしょう」
すずめは「知り合い」と 言ったが
如何 見ても「友達」以外の 何者でもない
第一印象(外見)も
第二印象(内面)も
第三印象(雰囲気)も 白狐(みやちゃん)同様、浮世離れしてる
其れが はつねの見解だ
然して何故か
(黒狐の)徹頭徹尾、胸糞悪い態度も段段 癖になってきた(気もする、笑)
然うして
「みやちゃんの「友達」なら」
「私」
「大歓迎だから(多分)」
然(しか)し はつね自身
知らず知らず我慢しているのか
拳を握り締める爪は 手の平(の皮膚)に食い込み
能(よ)く能(よ)く観察(み)れば、はつねの目は笑っていなかった
(はつねさん、ごめんなさい!)