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狐鬼 第二章

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小小、手狭な
台所の片隅で 珈琲(コーヒー)を啜(すす)る
はつねは(黒狐の所業が無惨にも残る)
閉じられた寝室の引き戸に恨めしそうな視線を 注(そそ)ぐ

今迄 起きた事
今から 起きる事を自分にも教えて欲しい

然う 思う
はつねだったが

目を覚ました少女の為
すずめと 愉快な仲間達(金狐 & 黒狐)の為

無難という理由で用意した
麦茶を載せる 盆を受け取る、すずめは早口で礼を述べた後
有無を言わせず(寝室の)引き戸を固く閉(と)ざす

「、くすん(涙)」

零しながらも

待つしかない
(すずめが)話すのを待つしかない、と 自身を納得させる

其れでも 顔面をくしゃくしゃにしながら嘆き悲しむ
はつねが 台所の天板に突っ伏して吐き捨てる

「彼奴(黒狐)〜」
「絶対、修繕費 請求してやる〜(!)」


冷茶碗を引き寄せ
麦茶を一口、口内に含む

唯、其れだけの所作だけでも 少女は「凛」と している

乾き切った身体に 潤いを取り戻す
ひばりが(冷茶碗の)縁(ふち)を親指の腹で拭うと 頭を下げる

「、ありがとう」
「、ありがとうございます」

然うして 笑顔を向ける
ひばりの 花が咲くような笑みに、すずめは ときめきが止まらない

「いいの、いいの」
と、高速で手を振り 俯(うつむ)くすずめを前に ひばりは思う

此の「ありがとう」は
此の 今だけに限った事では ない

覚えている

彼(あ)の 夜
彼(あ)の 屋敷での出会いを 朧(おぼろ)げながらに覚えている

貴女(あなた)だった
確かに 貴女(あなた)だった

ひばりの 其の視線に
顔を伏せる すずめも何かを感じたのか、面を上げる

途端、引き戸に凭(もた)れたまま立て膝を突く
黒狐が八重歯を剥き出し 言い放つ

「そんで?!」
「そんで、みや狐は 置き去りかよ?!」

誰も彼もが 憚(はばか)られる事柄を最(いと)も容易く(なのか?)
情況、感情フル無視で 口にする

呆れるが稍(やや)、使いようがある奴

怒(いか)れる黒狐の前に寝台(ベッド)から這い出る
ひばりが止める間もなく 板床に額を擦(こす)り付けて土下座した

「、ごめんなさい」
「、私の所為(せい)です、ごめんなさい」

余りにも 細い
ひばりの両肩に手を置く
すずめが其の身体を抱き起こしながら 何度も頭を振る

其れは 違う
其れは 白狐が自分勝手に決めた事だ

屹度(きっと)、然うに違いない

喩え 然うだったとしても
後頭部を掻き上げ 外方を向く黒狐には通じない

「大した 巫女「様」だな」

慇懃無礼な「様」付けに 逆上する
すずめが手元の(空の)盆を手にするや黒狐目掛け 打(ぶ)ん投げる

当然?、不意を突かれたのか
見事に自身の 側頭部に命中した瞬間、黒狐は悶絶寸前 のた打つ

「?あれ?」
「?あれれ?」

仕出かして置いて
仕出かした結果に 慌てふためく
すずめの隣で ひばりも黒紅色の目を ぱちくりさせる

修羅場の中

一部始終を傍観する
金狐の 琥珀色の眼が愉快そうに弓なる

「!!!何しやがんだあ、おらあ!!!」

復活した 黒狐が
床に転がる盆を引っ掴み 直様、振り被る也(なり)
すずめ目掛け 襲い掛かる

「!ごめんなさい!」
「!!ごめんなさい!!」
「!!!ごめんなさい!!!」

怒涛の 土下座を繰り返えす
すずめ自身、何が何やら分からないのが 本音だ

自分 以外の「声」といい
自分 以外の「行動」といい、如何なってしまったのだろう

不安 此の上ないが 今は 其れ処ではない

其の 歯が砕けるのではないか、と 心配になる程
不穏な音を立て続ける 黒狐に平身低頭に謝罪するのが 先だ
(何故か ひばりも土下座する)

「!でも!」
「!!でも!!」

他でもない 自分には言って置きたい事がある

「、みや狐の」
「、みや狐の「大事」な 相手(ひと)なの」

暮泥む日本庭園
天高く跳ねる鯉が 水飛沫を散らす

着物の川に浮かぶ
仰向けで寝転がる 自分に躙り寄る、みや狐は何と言った?

何度でも
何度でも 思い出せる

一言一句 違わず 思い出せる


「俺が望むモノは何時 如何なる時も巫女(ひばり)、唯一人だ」


「、みや狐が」
「、みや狐が そう言った相手(ひと)なの」

酷い事を言わないで
酷い事を言って ひばりを、みや狐を傷付けないで

仕舞いには dis(respect)る

「!!!其れが分からないなら 貴方(黒狐)は「ガキ」だと思います!!!」

金狐は いざ知らず
すずめにまで ガキ扱いされて黒狐は、わなわなと身を震わせる

「、此れ…」
「、此れだから…、雌(メス)はよ(!)」

刹那、傍観を決め込む
金狐が 琥珀色の眼を眇(すが)めて 黒狐の 硝子玉の如(ごと)く瞳孔を射貫く

「人間」嫌い
「巫女」嫌い、挙句「雌(メス)」嫌いでは救いようがない、と ばかり

鋭く 突き刺さる眼光を受けて
「怒られる!」と、瞼をぎゅっと閉じ人形(ひとがた)の姿では有り得ないが
脊髄反射で「(架空の)耳」を 伏せる

だが、其れ以上 何もない
だが、黒狐には却(かえ)って 其れが 怖い

そっと、盗み見る
兄(金狐)は先程の眼光は何処へやら 素知らぬ顔で佇んでいる

尚も 土下座を続ける
すずめ(と、ひばり)を見下ろすも、消沈したのか
黒狐は 盆を寝台(ベッド)に放る也(なり)、どかっと腰を下ろす

空気を読む
すずめが怖(お)ず怖(お)ず 顔を上げる

目と目(眼)が搗(か)ち合う
盛大な溜息を吐(つ)く 黒狐が不本意ながらも(金狐の手前)詫びる

「、悪(わある)かったよ」

「神狐」からの謝罪に すずめは胸を撫で下ろす
然(そ)して最後の最後、勢い余って板床に額を打ち付けながら土下座した
(何故か ひばりも土下座する)

「!本当に!」
「!!すみませんでした!!」

然(そ)うして

同時に 顔を上げて
同時に 笑み零(こぼ)れる、すずめとひばりが肩を寄せ合う

「痛(いたた)」と、若干 腫れたのか
自身の額を撫でる すずめを気遣う、ひばりが礼を口にする

「ありがとう」

其れは 礼というより
白狐と 自分 (ひばり)を擁護してくれる
すずめへの 感謝の気持ちだった

「私は平気」
「私は平気だから、みや狐の事をお願いします」

ひばりの言葉に
すずめが力強く 頷く

「行こう!」
「みや狐を 助けに行こう!」

すずめは たかの為に
ひばりは みや狐の為に

望むのなら今直ぐにでも 行こう!

愛愛しい巫女にお願いされて
神狐でなくとも俄然(がぜん)、遣る気スイッチが発動する
すずめの 後ろで 感情乏しい声が響く

「甘味(あまみ)が 食いたい」

場違い此の上ない
金狐の言葉に眉を寄せる
すずめは 背後(の金狐)を二度見するが 即座に真意を汲み取る

琥珀色の眼が ひばりだけを見詰めている
すずめも目の前のひばりを見詰めて 理解する

頗(すこぶ)る 顔色が優れない

緊張の面持ちで返事をする
すずめが「(はつねさんの)喫茶店(カフェ)にでも」と、立ち上がる

其れと同時に
作品名:狐鬼 第二章 作家名:七星瓢虫