狐鬼 第二章
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四季を通して
青青と茂る 常緑樹が聳(そび)える
森の中は縦横無尽に生い茂る木木が陽射しを悉(ことごと)く遮り、薄暗い
然(しか)し 闇の中ではない
吸い込む空気の冷たさ
地面を蹴る 素足の痛みで少女は其れを理解する
彼(か)の神狐との交換を挙げる
白狐との約束の為、少年は少女を解放した
然うして一刻一秒を争う
少女は 自分の背後で手を振り見送る少年の姿等、露知らず先を急ぐ
只管(ひたすら)、森の中を躓きながら走り抜ける
腰迄ある黒紅色の髪は乱れに乱れ 着物の裾は足元同様、泥塗れになる
心臓が息の根を止めるまで 少女は走る覚悟だった
絶え間なく何かを呟やく唇は段段、乾いていく
と、何度目か
盛り上がる木木の根に躓(つまず)く 少女が踏ん張れずに転がる
転がった先の喬木(きょうぼく)に打ち当たる
少女が其のまま蹲(うずくま)る
思いの外、痛かった
御負けに一時「闇」で過ごした所為か、身体の内側が痛かった
其れでも口を衝(つ)く
「、強くなれ、」
「、巫女たる者 強くなれ、」
途端、唇を噛み締める
少女が立ち上がり 走り始めた結果、漸(ようや)く 森を抜ける
底なしの 青碧(せいへき)が広がる
目の前の光景に
ああ、空が高い
極 普通の感想を抱く
少女は全身で触れる 陽射しに身体が幾分、楽になる
其れも束の間
見下ろす足元の石階を下(くだ)り出す
矢張り思うように歩けない
無意識に左右に揺れる身体を正しい位置に戻そうとするも
中中、上手くいかない
と、其の足元が縺(もつ)れた
何処迄も
何処迄も続く、石階
為す術もなく弾みで身体が浮く
奈落の底へ落ちるが如(ごと)く 少女の命は絶体絶命だった
其の刹那であっても
少女は 自分の命と引き換えに「闇」に留まる 白狐の事を思う
、みや狐を 如何か
唇が乾く程
絶え間なく呟き続けた 言葉を繰り返えす
、みや狐を 如何か
、みや狐を 如何か
遂には諦めざるを得ない状況に意識を失い掛ける
瞼を閉じようとした瞬間
視界一面に広がる 金色(こんじき)の光景に少女は其の目を見開く
丸(まる)で光り輝く 芒が原
「、綺麗」
恐らく最後であろう
見た「もの」が綺麗と 心の底から思える「もの」で嬉しかった
然(そ)して其れは
白狐にも然うであって欲しい、と 少女は願わずにはいられない
琥珀色の髪が金風に靡(なび)く
琥珀色の眼差しの奥、月影の如き白銀(しろがね)の光が少女を捉える
其の 眼を覗いて
其の 眼で覗かれて少女は 確信する
「、みや狐を 如何か」
はっきりと伝える
少女 事(こと) ひばりの言葉に琥珀色の眼が細くなる
微笑んでいるのだろうか?
少なくとも 然(そ)う思う、ひばりが「最後」の言葉を口にする
「、「社(やしろ)」の 神狐 様」
然うして
ひばりは 其の琥珀色の眼に見守れながら
なけなしの意識すら失った