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狐鬼 第二章

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彼(あ)の日のちどりは
容姿(ドーリーフェイス)も然(さ)る事ながら文字通り、人形のよう

自分の指先次第で多少は如何(いか)ようにも踊れる
糸操り人形だった

競技用プールに佇んでいた
波影が揺れる、水面にちどりは佇んでいた

然(そ)うして

スタート台にしがみ付くように座り込む
すずめの姿に自分は込み上げる笑いを我慢する事が出来なかった

恐悦至極

亡き「阿煙」に捧げる仇討(あだうち)

自分自身にも分かる程
酷く愉悦に響く声

声の主が誰なのか
疾(と)うの昔に気付いているのか
滑稽な位(くらい)、すずめがゆっくりとゆっくりと振り返える

隣のコース、スタート台
其処に立ちながら此の身を屈めて挨拶する

目と目を合わせる
自分は此の上ない笑顔を浮かべていたのだろう

歯の根が合わない
すずめが立てる其の音が殊更(ことさら)、心地好い

「狐を置いてくるなんて死にたいの?」

もう二度と
もう二度とあんな気持ちにはなれない

何故だか然う、思う


「死にたいの?」

馬鹿馬鹿しい
此の「巫女」は死にたくて仕方がないんだ

寝台の上で
這(は)い蹲(つくば)るひばりを眺める
少年が心底、げんなりして訊ねる

「「白狐」を呼ばなければ貴女は死んでしまうよ」

死にたいんだよ
死なせてやればいいよ

付き合うだけ無駄だ
と、切り捨てられれば何(ど)れ程、楽なのか

「、ひばり」

其れでもうっかり手を伸ばし掛けた刹那、「影」が前に出る
前科があるとはいえ思わず舌を鳴らす

お互い、遣り合うつもりはないが
お互い、退(しりぞ)く気はないのか
お互い、見合ったまま漸(ようや)く、第三眼が仲裁に入る

「 止せ止せ 」

ぎょろりと動く眼球が捉える
少女(ひばり)の身体はがくがく、震えている

(両の手で)必死に支えているが脂汗が止まらない様子だ

「 (巫女に)死なれて困るのは何奴(どいつ)だ? 」

「 「影」か? 」
「 俺(第三眼)か? 」

「 其れともお前(狐鬼)か? 」

うけけ、と大笑いする

此処ぞとばかり
尤(もっと)もらしい事を吐(ぬ)かす第三眼が癪(しゃく)に障(さわ)るが
彼方にも此方にも喧嘩を吹っ掛けていたら其れこそ四面楚歌だ

阿煙がいない今
吽煙がいない今、其れは其れで寂しい

一応「激おこぷんぷん丸(死語)」の体(てい)で後退(あとずさ)る
少年を引き止める「影」が(彼の)少し癖のある黒緑色の前髪を指で梳(す)く

『 拗(す)ねないで 』
『 私は貴方(少年)の味方ですよ 』

「影」の声なき声に頷(うなず)く
少年が笑顔を咲かせるが直様(すぐさま)、『 然(さ)れど 』と、釘を刺される

『 男子たるもの女子(おなご)には優しくあれ、です 』

瞬時に口を「への字」に歪ませる
少年を余所に寝台の端に腰を掛ける「影」が少女の細い肩を抱き寄せて
其の身体を抱き抱(かか)える

可笑(おか)しな事に
此の「影」の腕の中だけが少女の安全地帯のようだ

誰に問うつもりもない
不可思議な現象に答え等(など)、求めていない
少年は目の前の少女を見詰める

視線すら「闇」になるのか
「影」の胸に抱(いだ)かれる少女は息も絶え絶え繰り返えす

「もう、」
「もう、いい」

「もう、どうなってもいい」

少女の言葉に心做(こころな)し「影」が項垂(うなだ)れる

誰もいない
もう誰もいない

彼(あ)の家で
自分だけ生きていくのは何よりも恐ろしい

母親に会いたい
双子 (あいさ・あおじ)に会いたい
(信者の)皆んなに会いたい、然(そ)して父親にも会いたい

此のまま
此のまま此処(闇)に身を置けば屹度(きっと)、会える

(筈)なのに不思議だ
(前世の)記憶の中の、彼(あ)の人には会える気がしない

… 如何してなのか?

然(そ)うして
閉じられた瞼の裏

組む腕を袖手(しゅうしゅ)する、彼(あ)の人が此の世の枠の外
其の美しい顔を思う存分に見せ付けて、にやりと笑う

能く能く憎憎しい
能く能く愛愛しい

能く能く哀哀しい

「影」の手が
少女の頬を伝い落ちる涙を拭(ぬぐ)う

でも、いい
でも、いいか

貴方(影)が
彼(あ)の人のように自分を見送ってくれる

「影」の手に
頬を寄せる少女は好い加減、気を失ったのか
反応が失(な)くなった

渋渋、箱庭のように存在する部屋を後にする

延延、漆黒の廊下
延延、漆黒の窓外を色取る、腰高窓

何(ど)れ程、歩いたのだろう

「 お前、冗談だろ? 」

第三眼の心底、呆れる口調に「?」と思いながら面(おもて)を上げれば
成程(なるほど)、此れは突っ込みたくなるな、と納得する少年が微笑(わら)う

彼(あ)れ程
歩いたのに結局、辿り着いたのは「箱庭のような部屋」漆黒の扉前だ

「 疲れてんの? 」
「 昼寝するか?、昼寝? 」

斯程(かほど)もない心配をする、第三眼を無視する(すんなよ!by第三眼)
少年が「まあなんだ、折角だし」漆黒の扉越しに話しだす

「ひばり」

「「巫女」のくせに」
「随分と神狐を知らないんだね」

「巫女」の言葉は絶対だ
言葉以上に「巫女」の存在は絶対だ

「彼(白狐)は」
「貴女(ひばり)を見殺しにする事 等(など)、出来やしないよ」

狐程、信用ならないモノ等ない
其れでも、あの狐に当て嵌まるのかは疑問だ

疑問だが、此処は自分の経験を信じる
彼(白狐)という「神狐」と出会い得た「経験」を信じる

途端、第三眼が鼻で笑う

「 お前、本気で昼寝した方がいいぞ? 」

一体 故(ゆえ)、お互い隠し事は出来ない

当然、少年は然う思っていたが実際は然うではない
然うではないが「其れ」を第三眼の口から暴露(ばら)す事はない

今、此の時もお互いが共有出来る事柄だけを、共有する

「 「門」を開(ひら)く? 」
「 正気か? 」

小馬鹿にする(第三眼の)口調に
小馬鹿にされた少年は(思いっきり)口を噤(つぐ)む

「 彼(あ)の白狐(きつね)を連れ込む為だけに? 」
「 正気か? 」

二度目の「 正気か? 」に少年の顔面が引き攣る

「 「門」を開(ひら)いたら 」
「 世の「神狐(きつね)」共も連れ込む事になるんだぜ? 」

何(ど)の道、誤魔化せない
何(ど)の道、化けの皮が剥がれてきている

其れが「完全覚醒」という事なのだろう

(漆黒の)屋敷の門は「闇(此処)」に通じる「門」だ
此の門が閉ざされている限り、何者も何物も叩く事は出来ない

出来ないが

開(ひら)かれた瞬間
立所(たちどころ)に果ての果てにまで届いてしまう

溜め息を吐(つ)く
身体を反転させる少年が(漆黒の)部屋の扉に寄り掛かる

「質問」

「「門」が開(ひら)いた所で」
「果たして潜(くぐ)って来られるのでしょうか?」

「闇(ここ)」は狐鬼(ぼく)の世界だ
「闇(ここ)」は巫女同様、狐鬼(ぼく)に従うしかない

第三眼がうけけ!、と哄笑を上げる

「 生憎、其奴(そいつ)は無理だ 」

若(も)し、潜(くぐ)れる奴が存在(いる)なら
「何時(いつ)かの神狐(きつね)」くらいだ

思うも流石に黙(もく)する
作品名:狐鬼 第二章 作家名:七星瓢虫