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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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六人の住人【完結】

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14話「拒否反応」






今さらどの面下げて戻ってきたんだ。そう言いたい方がいるかもしれない。でも、俺はまた戻ったのだ。

今回の話者は、また「五樹」に戻る。



俺たちは統合された。はずだった。

しばらくは時子の状態は安定していた。だからか、彼女は少し油断をして、持病の糖尿病のために「食事療法を始める」と言い、極端に食事を減らした。

それは「管理栄養士の言う通り」の内容だった。つまりは、「地獄のような少なさと不満足」だ。

摂取カロリーは1日に1,400kcal。野菜を必ず食べてタンパク質もしっかり摂り、糖質は極力抑える。そしてそこに運動療法も加わった。

おいおい、そんなことして大丈夫?これを読んだ全員がそう思うだろう。

もちろん、大丈夫なはずがない。無茶なダイエットより辛い面すらある。始終気を配っていなきゃ、そんな事は出来ない。

詳細は面倒なので省くが、結局時子は精神的に不安定になっていき、俺たちはもう一度分かたれる事になった。

でもそうなった原因は、何も食事療法だけじゃない。根本にもっと大きな問題がある。

どうして、精神が安定していないと彼女は自分の人格を分裂させるのか。

それは「幸福」に対する「拒否反応」だ。実はこちらの方が問題としては大きい。海の中の氷山のように。


彼女は、幸福を知らない。身近な人間の愛すら感じられない孤独の中に、自分を閉じ込めて生きてきた。

それをしなければ、母親からの苛烈な虐待の痛みを和らげ、命を守る事が出来なかったからだ。

幸福とは、ささやかずつ、人と穏やかな心を交わし合う喜びだ。これだけ書いても、それが時子に届かない理由がもう分かってもらえると思う。


彼女は、人々から、何も受け取らない。


優しさ。

愛。

慰め。

励まし。


それを受け取らない事で、痛みから自分を守れている。彼女の孤独は、彼女を守るためだった。



でも、何もかもを拒否してでも、彼女は「人に優しくしよう」と心に掲げて生きている。


自分が愛を知らなくても、人を愛で救えると思っている。

優しさを受け取らなくても、人に優しく出来ると。


そこまでして自分の痛みを人に明け渡さない彼女が、「恨み」や「怒り」、「奔放に愛を求める心」を、“自分に必要なものだ”と感じてくれるだろうか?

答えは、否、だ。そんなの分かりきっている。


死ぬより辛い生活に追い込まれてなお、彼女は誰も悲しませたくないと願う。そして自分をどんどん追い込む。


でも俺は、この状態にほんの少し、感謝をしている。

もちろん、俺も彼女の人格の部分に過ぎず、俺たちは同一人物だ。

しかし俺は、彼女を外から見つめているかのように感じ、彼女の足りない心をつぶさに観察して、こうして表現してみたり、日常に彼女が必要なものを揃えたり出来る。

そうしていると、まるで他者を愛しているかのような優しい気持ちになり、人生に満足を覚える。

もっとも、自分の感覚としては、俺は苗字も親も、友人も恋人もなく、自分だけの自由な身体も持っていない。

そんな状態で人生も何もあったもんじゃないかもしれないが、事実は奇妙にも、俺に幸福を与える。


幸福。それは時子にとって「凶器」であるのかもしれない。

幸せとされる環境を与えられたところで、彼女にとってそれは、30年以上生きてきた人生と違い過ぎて、かえって環境の急激な変化を理解出来ないだろう。

俺に出来る事と言えば、この後はしっかり食事を取る事くらいかもしれない。


運命なんかよりも、もっとささやかなこと。その方が大事な瞬間の方が、人生にはずっと多いのだ。


今回もお付き合い頂きありがとう。物事は急には進まない。それでも期待は出来ると俺は思っている。




作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎