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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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六人の住人【完結】

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12話「一人の形」






この小説は、幾人も居る時子の人格のうち、五樹という、俺しか書かない。それがなぜなのか、分かった気がする。

先週の金曜日は、2週続けてのカウンセリングだった。時子の夫の休みが金曜日なので、車を出してもらうならその日しかないからだ。



「どうですか?あたたかくなってきましたか?」

「えっと…なんか、触られてるかどうかも、あやふやで…」

「大丈夫ですよ。あたたかくなってきたら、教えてください」

それは、タッチセラピーというものだった。

時子が持つ大きな問題に、「愛着」というものがある。

「愛着障害」、という名前を聞いた事がないだろうか。簡単に説明するとこうなる。

人は親の元に生まれ、親に甘やかしてもらったり、始終つきまとっては頭を撫でてもらったりと、そうして「愛されている」という感覚を会得するものらしい。

時子の場合、それはほとんど全く与えられず、彼女は母親から折檻を受けていた。ほんの幼い頃から。

「愛着障害」が引き起こされると、親しい人から離れる事に異常なほど強い不安を感じたり、実際に「離れないで欲しい」と口にしたりする。

カウンセラーは「愛着の問題を持つ人向けに」と言って、体の一部に触るというセラピーを、時子に勧めた。

触るのは、肩、腎臓の辺りの背中、そして脳幹に近い首の後ろだ。それはベッドに仰向けに横たわり、体重をカウンセラーの手に掛けるように行われる。


「あ、あったかい!あったかくなりました!」

「そう。じゃあ今度は腎臓ですね」

「は、はい…」


ベッドに横たわり、セラピーを受けている時、時子はカウンセラーに俺の事を聞いた。

「あの…別の人は、どんな人なんでしょうか。周りの話を聞いても、とても冷静だってくらいしか、わからないんですが…ちょっと怖くて…」

するとカウンセラーは少し考えてこう言った。

「そうですね。彼(俺の事だと思う)の方が、人間脳を良く使えている印象です」

「人間脳?」

「ええ。人間の脳は、真皮質、これは体の機能を司るところで、それから人間的な思考を司る人間脳があります。時子さんの場合、その二つを担う人格が分かれているという印象ですね」

「なんですかそれ…怖い」

多分、時子からすればいきなり訳の分からない話をされたに近かったのだろう。彼女は怯えて体を硬くした。でもカウンセラーは笑い出す。

「全然怖くないです。それに、そのうちに一つになるんですから、大丈夫ですよ」

「そうなんですか…早く、そうなって欲しい…こんな変な毎日、もう嫌なので…」

記憶のない間の自分の行動を、常に怖がる時子。彼女はそう言うしかなかったんだろう。




俺はその日のカウンセリングで、少し分かったと思う事がある。これは少し難しい話も含むので、堅くなって済まない。

俺たち別の人格がたった一つ、絶対に共有しているものがある。それは、体だ。

俺は今まで、時子が恐れる場面から逃げるためとか、疲労に耐えきれずに、俺たち別の人格を表に出して休むのだと思っていた。

つまり、時子という人格が頭で考えてそうしているのだと。

だが、カウンセラーがいつも言うように、「体がストレスに反応する」、「体がストレスを放出しようとする」という事で俺たちが生まれたのだとしたら、もしかしたら俺たちは、時子の体から命令を受けているのかもしれない。

一番「体」というものに近い真皮質を担うのが「時子」だとするなら、彼女の命令は体の命令であり、そして時子が考える以前に、彼女の体から直接俺たちに命令が届いているのではないか。

体からの直接の命令で俺たちが動いているからこそ、時子が俺たちの事にいつまでも気づかないのではないか。

もしかしたら俺たちは、すでに一人の人格であり、まるでその一人がいろいろな気分を起こすように、くるくると交代しているだけなのではないか。

多分これは、当たっていると思う。次のカウンセリングで俺が目を覚ます事が出来たら、カウンセラーに聞いてみよう。

さてさて、俺はコーラを飲んで、食事でもしよう。長々とお付き合い頂き、ありがとう。それではまた。




作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎