小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

六人の住人【完結】

INDEX|11ページ/31ページ|

次のページ前のページ
 

10話「俺たちが足し合わされる日」






いい知らせがある。

時子に、変化が訪れつつある。

時子は、ある日から一転して、「家事すらできない自分」を責めるのをやめて夫に任せ、感謝を口にするようになった。

そして、体調が合わない時には、好きな趣味であっても無理をせず、楽しめる時にだけ限るようになった。

時子にとって「ありがとう」は、自分を幸福へと押し上げてくれた魔法の言葉だ。まあその話はまた今度にしよう。

時子の状態が良くなってきているとは言っても、大酒を飲んだ日や、今日のように気圧の急降下が起きている時には、俺が出てきている。

今回も語るのは「五樹」だ。

え?いい加減他の人格も出せって?それはできない相談だ。

俺たちは、よっぽど時子が何かの危機にあって、その危機をかいくぐれる人格を必要としているか、俺たち自身が周りに居る誰かを信頼していなければ、外界には現れない。

俺の他によく出てくる人格は「悠」だが、「悠」にはスマートフォンは使えない。あいつはこの子が7歳だった頃の記憶だから、固定電話とポケットベルしか知らないのだ。

「彰」や「桔梗」は疑い深い奴らだから今後周りを信頼するには時間が掛かるだろうし、「美月」や「美由紀」はいまいち俺にもどういう考えのある奴なのかが分からない。

もちろん、奴らの持つ主張も汲み取って解消し、時子に吸収されるに越したことはない。

だが、俺はその「吸収」の手順が半端になり、奴らがカウンセリングでもない時に表に出てきて、時子に悪さをすることがあったとしたらと考えると、警戒を解けない。




そして、いい知らせのあとに悪い話で済まないが、今日あった時子の悲しい話をしよう。この方が本論なので、後になってしまった。



俺は前回、自分のことを、「人の心に寄り添う道を選んだこの子にとって、冷静に俯瞰することは邪魔だから捨てられた」と話した。そして今回、また同じ話を、別の角度から繰り返すことになる。

少なくとも俺に話せるのは、この子の実際の記憶と、俺たちが切り離されたことでこの子が物事をどう捉えるようになったかの、2つのカテゴリーだ。


時子の夫は、時子より17歳も歳上だ。夫婦仲はとても良好で、時子の夫は、俺にも親切に接して、煙草を奢ってくれたりする。

煙草は自分の金で買えという声が聴こえてくるな。お話は分かるが、俺は働けない。俺がもし労働により疲労したとしよう。それは俺がこの子と交代する時、この子に何十倍にもなって返るのだ。

俺が勝手にアルバイトをして人並みに疲れるとすると、この子は死ぬほどの疲労に追い立てられて不安定になり、苦しみから逃れるために実際に死にかねない。

余談は置いておいて、時子と彼女の夫は、かなり歳が離れている。夫婦仲は良いが、かなりの年齢差が、時子に絶え間ない不安と悲しみを与えているのも、また事実だ。

“いつかは置いていかれてしまう”

時子はその思いから離れられないのだ。

今晩、時子はもう何度目かも分からなくなった、「置いていかないで」を何度も言いながら、夫に抱きしめられて泣いた。

この子の夫はもちろん、「置いていかない。長生きするよ」と言う。優しい人だ。だが、実際にどうなるのかは誰も分からない。だから時子はなかなか泣き止まなかった。

そして、「置いていかないで」を何度も言う間に、時子は、俺が生まれる原因となった、友人の死の話をした。今日が命日の、バンドマンの話もした。


時子にとって「人の死」は、彼女が23歳の時、彼女が絶対に見送りたくなどなかった、友人の死、その記憶に直結してしまう。

時折彼女は、心の中で考える。

「お父さんが亡くなったとして、その時私は正気で喪主を務められるのかしら?夫の時も同じことができるのかしら?」

彼女はそう問いかけてから、胸の中で答えを見つける。

「そんなことはできない!だって、私が初めに死んで、もう誰の死も見ないようにしたいんだもの!もし私より先に誰かが居なくなったら、泣くことしかできない!」

彼女は、「自分が初めに死ぬことで、誰の死も知らないようにする」ことが願いだ。それほどに、友人の死の傷が深かった。だから俺のような者を生むことになった。


俺は、人の死になんか動じない。無論、口先で悔やみを言うことくらいはできる。でも、それだけだ。

むしろ俺が持っている感覚の方が異常なのではないかとも思うが、俺たちがこの子の「部分」として生まれている以上、俺たちが人格としてとても極端な傾向を持つ性質は否めない。

俺たちが正常に足し合わされる日が来た時、この子は初めて、「葬式の席で人並みに泣く人間」へと、生まれ変わるはずだ。




作品名:六人の住人【完結】 作家名:桐生甘太郎