メイドロボットターカス
それからの日々は、ロボットだった時とヒトになった今の違いを痛感し、実感し、落胆し、少しずつそれを喜びへと変えていった。
ヒトは疲れる。ロバート氏はもう42歳だから痛みもある。しかし休んだあとには爽快に体力がまた目覚め、その漲る朝の光は、ロボットがセンサーで感じるのとはまったく違う。ロボットは熱規模は理解できるがその力を自分のものにはできない。もはや地球も太陽も私の味方だと私は感じている。緑に目を癒され、太陽に力をもらい、風に心奮い立つ。何よりも、水のくれる恵みよ。ああ、ロボットとはなんと孤独であったのか…
私をあの日世話してくれたロボットは、この屋敷に1体しかいないロボットだった。だからあんなに来るのが遅れたのだ。しかし彼は家のことを一手に引き受けるホームメイドではなかった。あくまで介助用のロボットで、私の緊急時に働けるようにと、ロバート氏の弟が無理やりに置いていったらしい。ロバート氏は、弟との大喧嘩の末それを渋々認めることで、話を聞いてもらえずとうとう激昂した弟君をなんとかなだめたのだと、そのロボット「マリア」が教えてくれた。
私がそれを聞けたのは、「いろいろと考えていたが…私達の出会いについてもう一度思い返してみたくなったよ」と口にしたからだ。マリアはまた驚いて半ば怯えながらも私にすべてを話してくれた。私は話を聞いたあとで、「すまなかった、マリア。これからは態度を改めるよ」と言ったが、マリアは新しいロバート氏をまだ受け入れがたかったようだった。
その後わかったことだが、ここはやはりメキシコで、それも私のエネルギー停止からまだ1週間と経っていないらしい。ウェッブを操作して試しに「ヘラ・フォン・フォーミュリア誘拐事件」と調べてみると、私が知っていることとはまったく別の情報が提示された。
曰く、ヘラ嬢を誘拐した者はフォーミュリア家に工学者として反感を持っていた者。実行犯は一人。氏名は非公開。連れ去られた時令嬢は自宅に一人きりで、ポリスの捜索により無事に連れ帰られた。裁判は一般には公開されない。事件後ヘラ嬢は連れ去られた前後の記憶がなくなっているため、専門的なケアが必要…
私はそこから自分の痕跡がすっかり消されているのを見て取り、しばしまた落胆した。おそらくお嬢様は「ターカス」のことは忘れていらっしゃるだろう。しかし、その方がよかったのだ。
私はどうすればいいのだろうか。このままメキシコの男爵ゴルチエ家の当主、ロバート・ゴルチエとして生きていき、そして死ぬのだろうか。コーヒーを知った時の喜びなど忘れ、私は初めて生への怖れを抱いた。
私はメキシコの貴族なのだ。もう一度顔を上げた時に私はどんなに自分が憎かったことだろう。卑怯な手段を選ぶ自分をどんな風に罵れば気が済んだのだろう。しかし私はそうせず、お嬢様にゴルチエ男爵として求婚をすると決断した。
作品名:メイドロボットターカス 作家名:桐生甘太郎