眼鏡綺譚
４：修羅場での悦楽
最近、伊達眼鏡をかけるようにしていてね。
伊達眼鏡━━度を入れることによる視力補正の効果や、サングラスのような遮光の効果を持たない、ただの装身具としての眼鏡。そんな物をかけて何になるんだ、そんな意見もあるかもしれないが、これのおかげで、最近、調子がすこぶるいい。今まで体験していた、あるつらいことが、この伊達眼鏡のおかげでたいへん楽になった。今日はそんな伊達眼鏡の魅力を紹介しようと思うんだ。
まず、人が伊達眼鏡をかける理由として、どんなものが挙げられるだろうか。まず思いつくのは、顔のイメージを変えたいような場合ではないだろうか。例えば、何らかの理由で変装をしたい場合。伊達でも眼鏡をかけてみるというのは、とてもお手軽な変装の手段だと思う。かつて僕も、親しい女性と歩いている時に、向こうから別の親しい女性がやってきた時はこれのお世話になった。スッと何気なく眼鏡をかけ、別人を装う。この場合はパッと見さえごまかせればいい。よく見れば僕だと気付いても、街ですれ違う際にはそこまで注意は払わないから。隣りにいる女性が気付いたら、看板の文字がよく見えなかったから、ちょっとかけたんだと言えばいい。ただし、隣のその女性にもメガネをかけた顔を、あまりジロジロと見られないようにしたほうがいい。その隣の女性が、今度は、向こうから歩いてくる女性になりかねないから。あと、せいぜいこの手を使うのは、この程度のことにしておいたほうがいい。それこそ犯罪でもしでかしたのならば、眼鏡に頼らないガチの変装……、じゃなくて、自首をしたほうがいい。
今の話の応用みたいな話なんだけど、反対に顔のイメージを変えたくなくて、あえて眼鏡をかける人もいる。例えば、芸能人なんかだ。彼らの中には、眼鏡キャラや、知的なキャラクターであることを強調するためなどに、眼鏡をかける人もいる。そういうかたがたが売れて、多少、経済的に余裕ができると、弱視は不便に思えてくるだろう。それ故、レーシック手術などを受けて、視力を回復してしまう、もしくは、曇らなかったり重さがなかったりするので、眼鏡より便利なコンタクトレンズにしてしまう。でも、芸能人はイメージの商売なので、眼鏡を外した途端、人気がガタ落ちなんてことも当然考えられる。確かにもてる商売だろうから、眼鏡ぐらいであの業界を去りたくない気持ちはよく分かる。それ故、こういったかたがたは、わざわざ視力が回復した目や、コンタクトを入れた目の上に伊達眼鏡をかけて、テレビに出るという面倒くさいことをしているようなのだ。特殊な理由だけど、こういったこともあるんだね。
次に考えられるのは、見栄えが良くなるということ。『眼鏡は男を三分、上げる』なんて言葉があってね。男性が眼鏡をかけると、三割増しぐらいになるってことなんだそうだ。まあ、もちろん男性の全員がそうとは思わない。でも、僕は結構、似合うほうでね。あの定番の眼鏡をくいっとやったときなんかも、同僚の女性がきゅんってなっているのがよく分かるのさ。本当にきゅんって音がするの。あとは簡単、その娘の帰り際に声をかければいいだけ。それだけで一夜をともにできちゃうのさ。ちなみに、さっきの言葉に対応して『眼鏡は女を三分、下げる』なんて言葉があるらしいけど、僕はそうは思わないね。眼鏡をかけた女性だって、『眼鏡っ娘』なんて呼ばれて人気があるし、クールに見えるしでとても格好いい。それに、眼鏡をかけた顔とかけない顔の二つの面があるっていうのは、素晴らしい武器だと思うんだ。共感してくれる眼鏡女子は、今すぐにでも僕の所に連絡してきてほしい。
あと、心理的な要因でも伊達眼鏡をかける場合もあるらしい。あまりにも眼鏡に憧れるあまり、異常がないのにも関わらず、視力が低下してしまうことがあるようなのだ。そのような場合はどうすればいいか。憧れている眼鏡をかけさせてあげればいい、異常はないから、度も入ってないやつをね。そうやって眼鏡願望ををかなえてあげれば、視力も次第に回復してくるという寸法だ。その他、とある心理学者は、伊達眼鏡は仮面をかぶるのと同じだみたいなことを指摘している。コンプレックスを隠すとかどうのこうのらしいけど、頭の悪い僕にはよく分からない。
さて、ここまで伊達眼鏡の魅力を話してきたが、個人的にもう一つ、ぜひ話したいことがあるんだ。それが冒頭に話した最近すこぶる調子がいい理由にもつながってくるんだけどね。
多分、ここまでの話で気付いたと思うけれども、正直な話、僕はちょっと異性との関係にだらしがない。包み隠さずに言うと、女の子が大好きなんだ。そういうこともあって、たくさんの女子と関係を結んでいる。二股どころか、タコ足配線状態と言っても過言じゃない。そうなるとどうなるか。怒った女の子に平手打ちの一つももらうことになる。そう。まさにそこなんだ。女の子にいろんな事がばれる、女の子が怒る、平手打ちが飛んでくる、その瞬間、僕のかけている伊達眼鏡がものすごい勢いで弾け飛んでいくんだ。最初にそれを見たときは驚いたね。あんなにおとなしい娘の平手打ちで、カフェの端っこまでメガネが飛んでいったんだから。思わず距離を測っちゃったよ。7m88だった。最近、気付いたけど、これは結構良い記録なんだ。それから連日のように、女の子から頬を張られたら、飛んでいく眼鏡の距離を測ることにしている。最近はこの記録に挑戦するのが楽しみで、仕方がないよ。ちなみに現在の最高記録は12m39。でも10ｍ以上なんてめったに出やしない。だから、最初の女の子の7m88ってのも6位に入ってるんだ。あの娘、もう顔も覚えてないけど感謝してるよ、僕にこんな楽しみを教えてくれたなんて。おかげで今は体調もいいんだ。次に僕を打つあの子はどんな記録を出すだろうかって、修羅場が楽しみで楽しみで仕方がないんだよ。
え？ おまえ、いつか殺されるぞって？ ああ、それも仕方がないかなと思ってる。でも願わくは、この伊達眼鏡が盛大に吹っ飛ぶような、ど派手な殺し方をしてもらいたいよ。記録が測れないのが残念だけどね。