火曜日の幻想譚 Ⅲ
313.鳥頭
朝、起きてカーテンを開ける。見えるは電線に止まる鳥。鳥は寝ぼけ眼の僕に唐突に話しかけてくる。
「なあ。鳥頭って、そんなにダメなもんかい?」
僕はちょっと考えてから答えた。
「……あまりいいもんではないかな。いろんなことをすぐに忘れたら、不便でしょう?」
鳥はパッと飛び立ち、地面をのたくるミミズをサッとくわえてベランダの手すりにとまり、モグモグとミミズをついばんでから答える。
「そりゃ、考え方の違いだよ。忘れちゃ駄目なことが多けりゃ、忘れたら困るだろうさ。でも、忘れることがなけりゃ、どうにかなるんじゃないか?」
「鳥はそれでいいかもしれないけど、それだけ、人間は大変なんだよ」
鳥は一声、アーと鳴いた後、再び語る。
「人間がじゃないよ。おまえがだよ。人間だってシンプルに生きられる。忘れてしまったものを思い出したいのなら、それこそ、ほれ、聞くとか、いつものようにそこの箱で調べりゃいいじゃないか」
「いや……」
答えに窮する僕に、鳥はさらに言葉を継ぎ足す。
「おまえには忘れられないことも多いだろう? 世の中の誰もが忘れっちまったようなことを、ネチネチ脳の中で反すうして。忘れちゃ駄目なことだけでなく、忘れたほうがいいものまで忘れられないんだ。だからいつも死んだような目をしてるんじゃないか?」
「…………」
言い終えた鳥は再び一声、エーと鳴くと急に目つきを変えた。
「あ、おはようございます。今日もいいお天気ですね」
このタイミングで鳥頭っぷりを発揮した彼に僕はあいさつを返しながら、一理はあるんだけど、やっぱり違うんじゃないかなあ、でもなあ……、と考え込んでしまう。
きっとこのことも、忘れられなくて幾度も思い返すんだろうなあという予感とともに。