火曜日の幻想譚 Ⅲ
321.グレープフルーツ
太ってしまったので、ダイエットがてらフルーツを食べようと思いたった。
いろいろと調査した結果、グレープフルーツが良さそうに思う。わりと小さい頃から食べているのでなじみが深いし、忙しい朝や妻がいない時でも自分で用意できる。それに、年中買えるような気もするし。
と、言うわけで妻に詳細を話し、グレープフルーツを常備しておくよう伝えた。妻も嫌いではないようで、じゃあ、私も食べようかな、なんて言っていた。
翌日。早速、朝の食卓に三日月のようなグレープフルーツが並ぶ。それを一切れ口に入れると、強いが不快ではない酸味と苦味の後、ほのかな甘味が広がっていく。
最初は義務感で食べていたが、数日でそれも慣れてしまった。おかげでこの果物は1週間もしないうちに、わが家の定番の朝食となったのだった。
それから数カ月。効果が出てきたのか、おなか周りが少しすっきりしたような気がする。恐らくグレープフルーツのおかげなわけだが、私は心のどこかに不満を覚えていた。
何かが違う。こんなはずじゃない。仕事の最中、帰りの電車の中、寝る前、もちろん朝、グレープフルーツを食べながら……。私はずっと、その違和感の正体について思いを巡らせる。一体何が不満だというんだ。グレープフルーツをどうしたいんだ。ひたすらに自問自答し続ける。
そんな日が3日ほど続いた頃。相変わらず私はグレープフルーツのことを考えながら、家路を急いでいた。その道の傍らには公園があり、そこには砂場が存在していた。その砂場で子どもが遊んでいるのを認めた瞬間、私の体に電撃が走り抜けた。
「そうか。食べ方が違ってたんだ」
翌朝、グレープフルーツの皮をむこうとする妻を制し、私はその果実を包丁で一刀両断にする。その片割れを手に取り、一房ごとにスプーンですくっては口へと運んでいく。
これだ。私はこう食べたかったんだ。小さい頃はこんな食べ方をしていたじゃないか。こうやって狭いスペースをスプーンで掘って、果肉を取り出すのが楽しいんだ。おいしさもさることながら、グレープフルーツを食べる楽しさはこの掘って食べることにある、そう言っても過言じゃない。子どもが砂場をシャベルで掘っているのを見るまで気付かなかったなんて、自分もすっかり大人になってしまったものだなあ。
「……ほんと、いつまでたっても子どもなんだから」
グレープフルーツの苦味をこれでもかと堪能する私の横で、妻は苦々しい顔ではき捨てた。