火曜日の幻想譚 Ⅲ
325.カーテンと虫と宮田さん
恐ろしい夢を見た。
真っ白い部屋で起きた私は、まだ眠い目をこすりながら、閉められているカーテンを開けようとする。これだけなら何ら恐ろしくはないのだが、そのカーテンを開けようとした時、泣きたくなるような事実に直面した。真っ白い部屋の中に、反転するかのように黒く彩られているそのカーテン、それは実はレースのカーテンで、黒色はカーテン一面にびっしりと張り付いている大量の虫だったというものだ。具体的な虫の名は出すのを控えるが、われわれの嫌がる黒い虫といえば想像ができるだろう。実際、私も目覚めたときは汗がびっしょりで、夢であったことを神に感謝したほどだった。
さて、私が起床したことを察したのか、宮田さんがせかせかと部屋に入ってくる。
「ほら、坊っちゃん。さっさと起きてください。お掃除の邪魔ですから」
宮田さんは数年前から私の家で、家政婦としてさまざまなことをしてくれている人だ。年齢は私とそんなに変わらないが、博識だし、クールでおよそものに動じないし、その上美人という素晴らしい女性だ。だが、ちょっと素晴らしすぎて、この家の次の当主となるであろう私も、この宮田さんには頭が上がらず、何をしようとしてもやり込められてしまう。まさに、今の女性の強さを象徴したような方なのだ。
「坊っちゃん、今日は大学へは行かなくてよろしいのですか」
「……その坊っちゃんっていうの、やめてっていったよね」
「仕方がないでしょう、坊っちゃんは坊っちゃんなんですから」
そう言って宮田さんは、手際よく花瓶の花を入れ替える。相変わらず今日も頭が上がらない。
実は、私は宮田さんに特別な思いを抱いている。こんなに非の打ち所のない女性が常に近くにいるのだ、何とも思わない男はいないだろう。だが、私には既に許嫁がいるし、宮田さんにもきっとすてきな男性がいるだろうし、はなはだ時代錯誤だが、親は身分が合わないと言い出すだろうしで、この秘めた思いを、誰にも打ち明けることができずにいるのだ。
「今日はいい天気です。大学に行かずとも、少しお散歩にでも行ってらしたらいかがです?」
宮田さんはそう言いながら、手早く床に散らばった本などを片付けている。屈んだ際に、服の上からでも柔らかくて大きいことが分かる彼女の乳房や、美しい丸みを帯びた豊満で肉感的な臀部が、艶かしく揺れ動く。目の前にあるのに、触れたくても触れられない、そんな悲しい現実の前に、私にできることはもはや苛立つことだけだ。
いや、性的なことだけではない。彼女は一緒にいて楽しいし、ものすごく頼りになるし、もっとその存在をそばに感じていたい。できることなら、やはり人生をともに歩んでいきたいのだ。でも、そうすることは……。私たちが、主と従者の立場でなくなることはあり得ないのだろう。
そう考えると、目の前の性的過ぎる体に手の届かないことや、いつもやり込められていることがとても悔しくて仕方がない。普段の彼女のクールさも相まって、何かしらのサディスティックな感情を催したくもなってくる。
「どうしたんですか、ぼんやりして。坊っちゃん、やはりお散歩に行ってきたほうがよろしいですよ」
宮田さんはそういってカーテンを開ける。まぶしい陽光が差し込んでくる中、私は一瞬、夢の中のようにカーテンに大量の虫が取り付いているさまを想像した。
「きゃっ」
それに驚き慌てる、普段は絶対に見ることのない宮田さんを頭の中に思い描くことで、私はつかの間、彼女への想いを忘れることができたのだった。