火曜日の幻想譚 Ⅲ
244.娘の祈り
あるとき、娘がお祈りをしていたのを妻が見つけたそうだ。そこで、何をお願いしたのかを聞いてみたらしいのだが、娘は恥ずかしがって絶対に内容を言わないんだと。
「もうそんな年頃になったのか」
この間生まれたかと思ったら、子供の成長は早いもんだ。しかし、お祈りの内容は実際のところ気になる。まさか、幼稚園に好きな子がいるとかじゃないだろうな。
そんな下らない心配をしていたら、娘が寝る時間になった。寝かしつけの当番である私は、娘に絵本を読んで聞かせる。すると、いつものように数分で娘は眠ってしまった。
「相変わらず、寝付きのいい子だな」
私は安心して絵本を閉じ、しばしの間、娘の寝顔を見つめる。この子もやがて男を連れてきて、他家に嫁いでいってしまうのだろうか。今からもうそんな心配をしてしまう。そのときだった。
「かみしゃま。アヒルのこをしあわせに、してあげて……、むにゃ」
娘の突然の寝言に、思わず聞き耳を立ててしまう。
「アヒル、の子?」
一瞬考え込むが、すぐに心当たりを思いつく。さっきまで呼んでいた絵本、それが『みにくいアヒルの子』なのだ。アヒルの子として生まれた主人公が、そのみにくさ故にさんざんひどい目にあうが、おとなになってみたら美しい白鳥だったという話だ。
「そっか、いつも途中で寝ちゃうから、結末、知らないんだな」
神さまと呼びかけていたところを見ると、妻が言っていた祈りの内容というのも恐らくこれだろう。
今度は寝る前じゃなく、休みの日にちゃんと読んでやろう。そしてもう少し、早く寝ても悲しくならない絵本を買ってあげよう。
そんなことを思いながら、ずっと娘の寝顔を見つめていた。