火曜日の幻想譚 Ⅲ
246.うさぎの死んだ理由
先日、近所に警察がやってきていた。どうも、一人暮らしの男性が亡くなったらしい。
やじ馬のように群がっているおばさまがたの話を聞いてみると、いわゆる孤独死というやつだそうだ。持病があったらしく、最期は助けも呼べないまま、数日間生きながらえていたという。男性の詳細を聞いて、私も彼に何度か街で出会ったことを思い出す。だが、すれ違うぐらいで特に何か話をすることはなかった。ただ、その数少ない経験を掘り起こす限り、ごうまんな、それでいてどこか影のある、気難しそうな男性だったような記憶がある。
ご婦人がたの話によると、彼は一匹のうさぎを飼っていた。種類はよく分からないが、とても懐いていたことは確からしい。彼が動けなくなり、迫りくる死に対して弱々しい抵抗をしていたとき、恐らくであるが、うさぎは部屋の中をうろちょろしていた。たまたまケージを飛び出したのか、それとも運動をさせていたのか、そこまでは分からない。だがとにかく、何も分からないうさぎは、倒れている飼い主の元までやってきて、えさか何かをねだった。
そこで彼はどうしたか。自分がこのようになってしまった以上、このうさぎは生きていけないだろう。寂しいとうさぎが死んでしまう、そう思った彼は、その場でペットのうさぎに手をかけた……。彼女らは、そのような話を私にしてくれた。
この話が本当なら、彼が愛するペットを手にかけなければならなかった心情は察するに余りあるし、悲劇には違いない。だが、彼と数少ない出会った時の記憶を思い起こす限り、ちょっと真実は違うように思えてならない。
というのも、彼に出会った時に醸し出されていたごうまんさや気難しさ、それが私には妙に引っかかって仕方がないのだ。うさぎのためを思ってというより、あくまで自分のために。そのような心持ちで、うさぎに手をかけるような人物の気がしてならない。
実は、彼はうさぎに殉死してほしかったのではないだろうか。自分という人間が、誰の目にも止まらずに死んでいく。それに耐えられず、たまたま運良く〈うさぎにとっては運悪く〉寄ってきたペットに手をかけた。要するに、寂しかったのはうさぎではなく、彼のほうだった。真実はこちらではないだろうか、そんな気がしてならないのだ。
だが、これは憶測でしかないし、何より会話もしたことがない故人に失礼だ。私は、おばさまがたに礼を言い、彼とうさぎの冥福を祈りながらその場を立ち去った。