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火曜日の幻想譚 Ⅲ

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261.夏休み明けの悲報



 夏休みが明けた。

 クラスのみんなとの久々の再会。真っ黒に日焼けした友達や、土産話をする子がいる中、担任の高橋先生が教室に入ってきて、教壇に立つ。
「きりーつ、れーい、ちゃくせーき」
日直が号令を掛け、みんなあらためて自分の席に座る。そして、今か今かと先生の話を待っている。
「はい。みんな、おはようございます。お久しぶりです」
年の頃は30半ば、温和で落ち着いた雰囲気の高橋先生は、型どおりのあいさつの後、少々言いにくそうに顔をしかめて、こう切り出した。
「先生、実は名字が変わりました。以前のように、大沢先生と呼んでください」
「…………」
僕らは、近くの子と思わず顔を見合わせてしまう。
「……さあ、まずは、夏休みの宿題を提出しましょうね。読書感想文からです」
高橋先生、もとい、大沢先生は、心中にあるいろいろなものを吹っ切るかのように、少し大きな声で読書感想文の提出を呼びかけた。

 小学生である僕らだって、先生の名字が前のものに変わった理由が分からないほど物知らずじゃない。だが、先生の名字が変わったのは、実は今回だけではないのだ。今、小学5年生の僕らが小学校1年生の頃から、都合6回、名字が変わっている。大沢→高野→大沢→吉田→大沢→高橋→大沢、と。すなわち先生は、3人の男性と、結婚と離婚を繰り返したということになる。
 先生の名誉のために言っておくが、大沢先生はとても尊敬できる先生だ。別け隔てなく誰にでも優しいし、分からないときは分かるまで教えてくれるし、叱るときもていねいに叱ってくれる。僕らは先生が担任で本当にうれしいし、誇りにも思っている。だけど、家庭内ではそうではないのか、それとも、単に良縁に恵まれないだけなのか……。
 もしかしたら、本人以上に僕らが、この報告を残念に思っているのかもしれない。でも、先生の決断なら、それを支持する他はない。だけど、家に帰ってお母さんやお父さんに報告したら、恐らくあまりいい顔はしないだろう。大人というのはこういうことに関しては、やたらと口うるさい。やれ世間体がどうだの、そんな先生にうちの子は任せられないだの、現場にいないのに言いたい放題だ。

 夏休みが明けた僕らはこの悲報に意気消沈しながら、それでも大沢先生をもり立てていこう、彼女が幸せな教師生活と、幸せな家庭生活が送れるように少しでも協力しよう、そのように思い直す。そして、粛々と読書感想文を提出し始めるのだった。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅲ 作家名:六色塔