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堕楽した快落

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愛を

私は弱い。難解書物に読み耽り、賢くなったと勘違いしている。
私は弱い。付け焼き刃のように、書き留めた文章を使い、悪戯に文章を綴り、己が賢くなっていたと勘違いしている。
私は弱い。孤高こそが己の精神を向上させる良薬だと信じ、孤立していることに酔いしれている自分に乾杯した。
私は弱い。高貴さを忘れ、群衆の中に突っ込む者を軽蔑し、雑多な己こそ高貴だと勘違いしている。
月光は私を照らさない。月光は世界の唯一を照らし、私はその残光を月と勘違いした。本物の月を偽物だと憤り、それを信仰した。本物を偽物と疑う馬鹿と、偽物を本物と恋慕する阿呆の行列が出来上がった。
静かに歩く私とは別にあり、私はここにはいない。歩くのは私の抜け殻なのであり、それと繋ぐ脳であり、私の本体は空想へと迷い込んだ。灼熱が襲うその世界で、私はその灼熱を涼しみ、私が灼熱となった。
恨んでいる。私は、己を恨んでいる。私よりも優れた文学人に対し、不躾な事を考えていることを。愚かな弱さだ。
自然を愛しているつもりでも、人は愛さない私を恨んだ。
音楽を愛しているつもりでも、全てを愛していない私を恨んだ。
文学を愛しているつもりでも、私以外認めない私を恨んだ。
芸術を愛しているつもりでも、その僅か一部しか愛していない私を恨んだ。
その上で、私は今という集約された過去と、柵は遥か遠くへ位置する未来に、絶望はしない。
昨日までの私を恨み、明日からの私を愛する。そうするべきだと、もう既に誰かが気づいていた真実に、また改めて見つけた発見だった。
全てを愛するのではなく、愛するものを良く愛する。良く愛するものは、赤子を扱うよりも優しく、川のように接しなければならない。私は弱く、謙った。芸術は私を対等に扱うが、私はそうでは無かった。
全ては対等であったのだ。音楽と文学は、そもそも芸術だったのだ。面の皮などない。それぞれが芸術なのであり、また、芸術も芸術としている。
私が文学を出来なかったのは、文学を、文学という芸術と信じてやまなかったからだと気づいた。文学とは芸術であり、しかし芸術は文学のみではないのだ。それは、無限素数と無限偶数が等しいように、文学も音楽も等しく芸術なのだ。同時に、私が最愛の弟を愛せなかったのは、軽蔑し、差別していからだと気づいた。
「君が軽蔑したあの音楽に魂は籠ってなかった?」僕が尋ねる。
どこからともなく現れた僕は、それであって、それは僕でもあった。光の屈折のように、見る角度によって変わる僕とそれは―いやそれこそ僕なのかもしれないが―私を見つめる。
「魂の籠った音楽に、自然はあるのか?」
「魂も、今も、この瞬間も自然で、自然とは魂でもあった。しかし、それ以上に自然は、無限という領域から決まって数寸ほど離れ続ける無限程、壮大なものであった」
愛すべきは自然だ、魂じゃない。
愛すべきは人間だ、神じゃない。
愛すべきは己だ、他人じゃない。
しかし、自然は魂でもあり、人間は神でもあり、己は他人でもある。この世のありとあらゆるものは、その全ては自然から恵みを貰ったもの。それぞれが独立し、各自生まれたものではない。直接的に、または、間接的に関係しているものだ。
「私はなんだ」僕―それ―は問う。
「私は人間だ、その中の文学人だ」
「そうだ。偉大か?」
「ただあるだけだ」
目を覚ますと、私の邪念の一切を振り払える気持ちがあった。しかし、その邪念すら私の一部なのであり、私はそれをどうするかよく分かっていた。
私は自然が好きだ。森の中ハンモックをぶら下げ、例え熊が私の睡眠の最中襲ってこようとも、私はきっとその熊と和解し、熊を枕に共に森林浴するだろう。
私は自然が好きだ。空の美しさを慈しみ、それに涙するだろう。それは、その美しさをどれほど正確に芸術として落とし込めようとも、その空は、私が見る空と同じではないことを知っているからだ。そのもどかしさに涙し、しかし、これほどまでに美しさ空を見えるよう紡いでくれた先祖代々に感謝するだろう。
私は自然が好きだ。鳥の囀りを聞き、風が靡く音を聞き、枝と枝とが掠る音を聞き、そしてその自然の音楽を堪能出来る耳に感謝し、そして、それらを共有することが出来ないことにも涙をするであろう。そして、それらを表現できるよう、楽器を作ってくれた数々の音楽家に感謝し、私は感動と自然の一切まで、踊り、楽しむだろう。
私は自然が好きだ。大海原にも負けぬ、この分厚い陸に。しかし、それに勝とうともせぬ海に。ただあるだけで、ただあるが故、それは壮大で、美しく、力強く、何人をも跳ね除ける程の危うい力を持ち合わせているが、それ以上に無欲で、無関心で、それを私は神秘と呼びたい。大地は、大海は、それを許すこともせず、罰することもない、その矛盾した偉大さに、私は、惹かれている。
私は自然が好きだ。己が体験した自然を、私と同じように文に落とし込み、その自然の一切を伝えてしようとしてくれたその同志たちに、共感し、悔しがり、紡ぎ、それ以上に、同志達と一杯交わしたいと何より思う。そして、この文字という文明を造り上げた名も知らない先祖に宛てる手紙のために皆団結するだろう。
弱かった、私はあまりにも弱かった。文学人としても、人間としても、一匹の人間の雄としても、あまりに中途半端であり、脱皮し切れず羽ばたけない蝉だと思っていた。しかし違った。私は脱皮を必要としていなかった。皮などなく、むしろ、自ら皮を生成し、己に重ねていった。それを脱皮と呼ぶにはあまりに大袈裟で、ただ、着ていたものを脱ぎ捨てるだけである。スクランブル交差点の真ん中で脱衣するわけでもない、恋人の前で恥じらいながらも愛を証明するべく脱衣するわけでもない。ただ、あまりに重ね着している重いそれを、意識しない心地良さになるまで脱げば良いだけだった。
私は、私が飲み込まれていたと思っていたそれは、己が生み出した幻であり、そして同時に、実体でもあった。それは誰にでもあり、毒を食らうことで大きくなり、己を乗っ取る悪魔であるが、それに嫌悪を以てして対峙するのではなく、赤子のように慮らなくてはならなかった。
私は、抱き着いた。それと同時に、それは私の胸に刃を突き刺した。それはもう既に、僕ではなかった。
大丈夫だ、大丈夫。君に言い聞かせる。
「僕はただ、構ってほしかった」
「そうだよな、ごめんな」
「僕はただ、君からの」
「それ以上言うな、それ以上言う必要もない。もう、分かっている」
ありがとう、掠れ行く声は、そのまま消えた。一滴の涙を残して。
「友よ、こちらこそありがとう。私は行く」

真の孤独は無になり、孤立は無を生む。
自然を、芸術を、音楽を、文学を。縛るものを甘受せよ。きつく苦しい束縛は存在しない、あるのは、束縛に見えない自由か、自由に見えるだけの束縛か。自由に見えない束縛か、束縛に見えるだけの自由か。
私は現実に空想と妄想を以てして打ち勝った。あとはしぶとく永らえる生と、脈々と受け継がれた血縁と対峙し、それに勝つだけである。

作品名:堕楽した快落 作家名:茂野柿