夏が終わる
私をこの祭りに連れ出した男達はまだまだ踊り足りないようで、しつこく大太鼓の回りをグルグルと踊っている。
「ふふ、よくやるよな」
秋めいてきた。
明け方近い夜風が首もとからシャツの中を通る。
「これで夏も終わる…か」
私は大の字になり、大きく肺を膨らませて呼吸をした。
星がクッキリと輝いていて、手を伸ばせば何個か触れられるような気がした。
久しぶり体感する開放感だった。
「さあ。これから祭りの最期ですよ」
突然、目の前にリーダーっぽいガリガリの男の顔が現れドキっとした。
私は差し出された手を握り返し、立ち上がった。
*****
学校の校庭のど真ん中。
たくさんの大きな壷が並べられた会場に大勢の人々が固唾を呑んで集まっていた。
私は人混みをかき分け、なんとか会場の中央に辿りついた。
「うううううううううう。これでこの夏とも別れのときです」
会場の中央、ナイトキャップを被った長老様のような男が、巨大な線香花火のようなものを持って涙を流している。
たくさんの大きな壷には番号が書かれている。
どうやら今年は420987回目に当たる夏の祭りだったそうだ。
「皆様。これから夏別線香に火をつけます。炎が爆ぜる、一瞬一瞬を胸に刻んでください。それでははじめます」
長老様は静かにクレーンで体を吊られ、高さ5メートルくらいのところで静止し、スタンバイが完了された。
「それでは。また来年会いましょう。ファイヤー」
長老様が両手に抱える巨大線香花火に火がつけられ、パチパチとスイカ大くらいの巨大な火花が爆ぜた。
火花が爆ぜる度、私の鼓動は正常に戻るような気がして…
日ごろ慌しい生活で乱れた、自律神経が整っていくように感じた。
「もうそろそろじゃあ!壷と蓋を準備せい!落ちるぞ!」
長老が叫ぶ。
巨大線香花火の最期の1球。
火球がまさに落ちようとしている。
「いくぞー!………今じゃあ!」
高温を放つ火球が壷の中に落下した。
「蓋をしめい!!」
壷の中から「ジューウッ」と、なんとも言えない唸るような音が響いた。
「これにて今年の夏は終わり!さよならだ」
長老様はクレーンに吊るされたまま、大粒の涙を流していた。
私はその光景を眺め、なんだか懐かしくも物悲しい気持ちになって瞼を閉じた。
夏が終わる。
夏の終わり。
夏が終わった。
………
……
*****
***
*
「あっ…あれ…朝か…」
目を覚ますといつも部屋の中だった。
「ふー、あー…それにしても…」
不思議な体験…というか夢だった。
なんだか恐怖でもあり、不思議でもあり、懐かしくもあった。
こんな夢を見たのは初めてだ。
まあ、良く分からない男達と盆踊りを踊ったなんて…自分でも笑ってしまう。
でもすごく気分の良い目覚めだった。
今日は掃除をしてガラリと部屋の空気を変えよう。
もう夏も終わり、季節も変わる。
私は布団から出て大きく伸びをした。
歯を磨いて、顔を洗う。
「夏別祭か…なーんて」
カーテンを開けると雲ひとつない青空が遠くまで広がっていた。
今日は久しぶりの休日。
「よし朝からがんばるぞい!」
私は早速窓を開け、外に出てサンダルをはいた。
「早いうちから洗濯だ!」
私はそう言って、洗濯機の洗濯層の蓋を開けた途端…
「めええええええええ!」
目の前で突然叫ぶ生き物。
私は突然の事に「ぎゃあっ」と叫び、その場にしりもちをついた。
「え、え、え、え、え、なになになに…」
浴槽の中より飛び出してきた生物。
そいつは洗濯機の上から私を見下ろしている。
ちゃぶ台サイズの蜘蛛のようなボディ。
そいつに羊のような頭部がついていて、鋭い赤い目と3本の角。
黄色と黒のシマシマ柄の触角もウネウネと動いている。
「めえええええええ!」
またそいつが私に向かってでかい牙をアピールしながら叫ぶ。
「わああああ、助けて!」
私は腰が抜けたまま、後ずさりするしかない。
「助けて…助けて…な、なに…」
しばらく膠着状態が続いた後…
その生物は突然、洗濯機の上をカサカサととんでもないスピードで動き、地面に降りた。
それから近くに立っていた電柱にスピーディーにカサカサ登ると、電線伝いに向こうの山の方角へ走って行った。