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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(29)~(33)

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そして、冬のある日、俺たちは大家さんに仲人をしてもらい、自宅で婚礼の儀を執り行った。

もちろん俺たちには身内もあるはずがなく、「持参金」や「道具入れ」も必要なかったので、俺は大家さんから袴を借り、おかねさんも白無垢を着て、綿帽子をかぶった。



その日は、冷たい北風が吹くすっきりとした青い空が広がり、俺たちの長屋は隙間風が吹き込んだけど、俺はそれでかえって気が引き締まり、神聖な儀式にはうってつけの日と思えた。

おかねさんは、冬の寒い中で何枚も着物を重ね着して、胸元まで白粉を塗り重ね、真っ白な帽子で目元までを隠している。

その下に覗いている鼻と、紅を乗せた唇は、一目で彼女とわかるように少しだけ尖っているのに、本当にあのおかねさんなのか、どうしても俺は確かめたくなってしまうのだった。


そして長屋の人たちが俺たちの家に来て挨拶をしていき、俺たちは祝儀を受け取ったりお酒をもらったりして、二人で並んで、その人たち一人一人に頭を下げた。

やがて三々九度のお盃を交わすと「じゃああたしはこれで。仲良くやるんだよ」と言い残し、大家さんは席を立つ。

「このたびは誠にお世話になりまして、有難うございました」

「有難うございました」

「いやいや、じゃあ失礼するよ」







もちろん、祝言をあげた晩は、いわゆる「お床入り」となる。でも、俺たちの場合、そうはいかなかった。

俺は元々おかねさんの元で下男として一年も働いてきたのだし、おかねさんだってまだまだ俺に甘えたりするような気になれるはずもない。

俺たちは夜遅くまで行灯の火を消さずに、出会った日のこと、今まで一緒に乗り越えてきたことを、一つ一つ拾い集めて眺めるように、語り明かした。

幸せだった。何にも代えがたいものを手にした俺たちは、静かに微笑みながら、時を噛みしめるように夜を過ごしたのだ。

暗闇に浮かび上がる彼女の白い肌は行灯のあたたかい光で玉子色になり、彼女がうつむき加減になるたびに、まつ毛の影が頬に差して、光の曖昧な眼差しは、俺を優しく見つめていた。





翌朝俺が目を覚ますと、かなり夜更かしをしてしまったからか、木戸の隙間から漏れてくる灯りはもうかなり柔らかい昼間のものとなっていて、それに、頭上からも光が降り注いでいた。

見てみると、へっついの上の天窓が開いていて、部屋の中にはお米が炊けるいい匂いがしていた。それがわかると俺は慌てて起き上がり、ついいつもの癖で「すみません!おはようございます!」と叫ぶ。

すると、へっついの前で竈の火を見ていたおかねさんが振り返った。

「起きたかい、お前さん」

「すみません、すっかり眠ってしまって…私がやりますから、おかねさんはお稽古の準備を…」

へっついのそばに俺も座ると、おかねさんはくすくすと笑って、こう言った。

「いやだねえお前さん。今日から亭主だって言うのに、「おかねさん」だなんて。よしとくれな。」

そう言われて俺は思わず顔が熱くなり、“そうか、自分たちは昨晩夫婦になったのだ”と、改めて自覚をした。

「じゃあ…」

俺はドキドキとして、一晩のうちに恋が叶って夫婦となったことがまだ信じられず、舌がひきつりそうになった。

「お、おかね…」

呼び捨てにしてしまうと、今まで下男として生きてきたものだから、気恥ずかしさより、申し訳ない気持ちが勝ってしまったけど、彼女の名前を改めて口にした時、俺は体がかっと熱くなり、どこか頭がぼーっとするような高揚感に包まれた。

「あいよ、あんた」








「恋物語編」おわり