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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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元禄浪漫紀行(12)~(20)

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そんな暮らしを毎日続けていると、俺はだんだんと仕事に慣れてきて、長屋の人とも少しずつ打ち解けるようになった。

おそのさんには「何も覚えていない」ことは話したし、それはそのうちにみんなに伝わったようで、海苔屋のおトメさんは、「困ったことがあったらお言いよ」と声を掛けてくれたりした。銀蔵さんは小間物を売り歩きに遠方に出たとかでずっと帰らないし、ご牢人さんはまだ名前も知らないけど。




それからさらに一カ月ほどが経ったある日、ちょうどおかねさんが「新しい撥を見てくる」と言って出かけていた時、おそのさんが家を訪ねてきた。

「こんにちは、どうしたんですか」

おそのさんはもじもじと言い淀んでいたようだったけど、「おかねさんはいないのかい」と言って、「ええ、出かけました」と俺が返すと、「上がってもいいかい…?」と、控えめに聞いてきた。どこか悩んでいるようなおそのさんの様子が気になったので、俺はすぐに中へ通した。


火鉢で湯を沸かしてお茶を入れ、俺はそれをおそのさんに差し出す。ちゃぶ台の前に正座をしたおそのさんは、どこか切羽詰まった表情をしていた。

でも、おそのさんはお茶を前に「ありがとう」と言った切り、なかなか話し出さなかった。そこで、俺の方から声を掛けてみる。

「あの…何かあったんですか?」

俺がそう聞くと、おそのさんは大きくため息を吐いて、それから両手でがばっと顔を覆い、そのまま泣き出した。

「どうしました。ただごとでないようですよ」

俺はさすがに心配になって、おそのさんの肩に手を置こうと思ったけど、「そういえばこの時代、あまり男女が親密なのは良くなかったはずだな」と思い出して、それはよしておいた。

しばらくおそのさんは涙を袖口で拭っていたけど、やがてぽつりぽつりとしゃべりだした。

「…亭主がね…五郎兵衛がさ、女狂いをするんだよ。それも、吉原へ行って何日も帰らないなんてこともざらなのさ。そんな時には稼いだ銭も全部使っちまうもんだから…。ここ数日帰りもしないし、明日のお米も買えないありさまで…稼ぎはあるっていうのに、そんなことがのべつで、あたしゃどうしたらいいのか…」

おそのさんが話す様子は、ずいぶん深刻だった。それに、確かにそれは捨て置ける問題じゃないと俺も思ったから、まずは落ち込んでしまっているおそのさんをなぐさめることにした。

「それは大変ですね。さぞご心配と思います。ご亭主は、説得してみたんですか…?」

するとおそのさんは首を振って、また涙を流す。

「あの人は、ちょっと口を出すだけでかんかんに怒り出しちまうし、それにあたしをぶったりけったりするんだ…だから、あたしも時には我慢をするしかなくて…」

俺はそれを聞いて、本当に彼女に同情をした。俺の居た時代でも、「そういう男の人も居る」というような噂は聞いていたけど、こんなに悩んでいるおかみさんがやっぱり居たんだと思うと、胸が痛くなった。

俺が何を言えばいいのか迷ってしまっている時、不意に表から男の人の怒鳴り声が聴こえてきた。

「おその!おその!居ねえのか!」

それを聞いておそのさんはびくっと肩を震わせ、慌てて家に戻ろうとして「ごめんよ、戻らなくちゃ」と、席を立った。どうやら怒鳴っているのは五郎兵衛さんだったらしい。

でも、間の悪いことに、おそのさんがうちの戸を開けた時、目の前をその五郎兵衛さんがちょうど通ったのだ。

おそのさんは「あっ!」と叫び、その前に立っていた五郎兵衛さんは急に歯をむき出しにして、こう叫んだ。

「てめえ、なんでそんなとこに居るんでい!さては、間男(まおとこ)してやがったな!?」