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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(12)~(20)

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その日、俺はいつも通り洗濯をして、お稽古が終わったおかねさんが買い物に行くのを見送った。

帰ってくるとおかねさんはおかずの荷物のほかに、紙包みなどを風呂敷の中から出して、こう言ったのだ。

「ほら、秋兵衛さん。お前さんの分。お前さんもやりたいだろう?」

俺が“何をやるのかな”と包みをとくと、そこには少しの炒り豆が入っていた。

「え、これ、食べるんですか?」

すると、おかねさんがぷっと噴き出す。

「何言ってんだい、まくんだよ。年神様をお迎えする前に、鬼をはらっておかないとね。あたしは柊鰯を飾るから、ちょっと待っといで。一緒にまこう」

おかねさんはそう言って、戸口に鰯の頭を刺した柊を飾る。俺は慌てて目の前にある豆を見つめた。


“えっ…つまりこれ…「節分」!?”


俺はなんとか内心の動揺を隠したけど、“これが本当に本来の意味で行われる豆まきなんだ”と思うと、感動すらおぼえた。

あとでわかったことだが、「節分」はもともとは一年に季節の数だけ四回あり、正月前の節分がやっぱり一番重視される、とのことだ。


少しだけあった豆はすぐになくなってしまったけど、俺とおかねさんは豆まきをして、おかねさんは「福茶」というお茶を煎れてくれた。

それには、豆や梅干しなどが入っていたらしい。甘酸っぱくて、ちょっと慣れない味だった。

でも、おかねさんが福茶を飲みながらほっと一息吐くのを見ていた俺は、なんだか切ないような、嬉しいような気がして、少しだけ、「今はこのままがいいな」と思った。




それから、日にちがもっと前になるけど、「大掃除」にも俺はびっくりした。

俺は、「大掃除」は大晦日近くの空いた日に、適当にやるものだと思っていた。でも、江戸時代にはきっちり日にちも決められていて、使う道具についてもそうだった。

十二月の十三日に、まだ葉が残っている竹か、竹竿の先に藁などを括り付けたものなどで、家じゅうの埃を、神棚まではらう。だから、「煤払い」と言われるらしい。

とかく江戸時代には、みんながきちんと行事の意味をわかっていて、まだまだちゃんと効力を発揮しているような気がする。

何も本当に神様が現れたり鬼が消えたりするわけじゃないけど、そうやって人々の心が季節の節目を越えていくのが、俺には見える。この時代のそういうところが、俺は好きかもしれない。




そして「煤払い」と「節分」が済んで、「歳の市」で買った門松としめ縄を家の前に飾ったら、いよいよ「大晦日」がやってくる。

十二月三十一日、隣の家ではおそのさんが、「亭主が戻りましたら必ず…」と何度も繰り返して、商人への支払いをごまかしているようだった。

“五郎兵衛さんはどこに隠れているのかな”と他人事のように考えながらも、俺たちも一人一人「掛け」を取りに来る人たちを迎えて、支払いをした。

驚くべきことに、おかねさんは贅沢をたまにしながらも、きっちりと年末の支払いができる分のお金を取っておいたのだ。


やっぱり女性はすごい。俺はなんとなく、そう思った。






そして掛け取りが皆帰ってしまうと、俺たちは「年取り膳」を食べた。

鮭の塩焼き、紅白なます、煮た昆布と豆。

おかねさんは、「こんな日にしか出さないけどさ」と言い、棚の奥から赤い漆塗りの小さな椀をいくつも出してきた。そしてそれに一人分ずつの料理を盛り付けて、それぞれの膳に置く。

それから神棚にも料理を少しずつお供えして、おかねさんは手を合わせた。俺もそれに倣い手を合わせて、心の中で“どうぞよろしくお願いします”と唱えていた。





その晩おかねさんと俺は、眠る前に一服しようと、煙草に火をつけていた。

部屋の隅にある行灯の灯りは薄赤く畳と壁を這い、反対の壁には行き着かずに薄れる。それでも俺たちの手元には火鉢があり、その中で真っ赤に焼けた炭は、手をかざせば温めてくれた。

「いい年になるといいねえ、ほんとにさ。明日の朝は初詣に行こう」

「ええ、そうですね」

俺はおかねさんの横顔を盗み見ながら、考えていることがあった。


“新しい年でも、あなたは、「あの人」のことを忘れないんですか”


当たり前かもしれない。愛しい人のあえない最期なんて、越えられるものじゃない。

だから、俺がどんなにおかねさんのことを夢に見ていても、彼女が抱く「哀しく美しい思い出」と、「下男である俺」なんて、比べるべくもないだろう。

俺が果敢に名乗りを上げたところで、ぎこちなく白けた返事が返ってくるだけかもしれない。

それでも俺は、あなたの美しい時がこのまま哀しみのために流れ去ってしまうなんて、いやなのに。

「おかねさん」

俺は考えているうちにたまらなくなってしまって、思わず彼女に声を掛けた。するとすぐにおかねさんは煙管の口元から振り向いて、静かに笑った。

「なんだい?」

その時のおかねさんは、とても親しい男性に向かうように、俺に微笑みかけていた。俺はそれを見て胸が高鳴ったし、それで何も言えなくなってしまった。

「いえ、なんでもありません…私は、もう眠いので…」

「そうかい、じゃあ休みな」

「はい、おやすみなさい」



もしかしたら、彼女は俺のことをそう悪くも思っていないかもしれない。そう思ってしまうのも無理はなかった。でも結局、そうじゃなかったんだ。







つづく