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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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元禄浪漫紀行(1)~(11)

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第五話 鰹は刺身で




三味線の教室の稽古が終わっておかねさんは「食事に出よう」と言ったけど、俺はそろそろ話を切り出す口実が欲しかった。つまり、俺の今後について。

今後も何も、俺は未来から来たんだから居場所なんてこの時代にあるはずもなく、昔ちょっと聞きかじった「人別(にんべつ)帳」にも、名前はない。

そんな者を置いてくれる場所がないかどうか、おかねさんからそれとなく聞き出して、お礼を言ってからおかねさんのところを去ろうと俺は思っていた。当然そうなるだろうと思っていたんだ。


「さて、じゃあ出かけようか」

「あ、あの、おかねさん…」

「なんだい」

おかねさんは綺麗な羽織を出してきて、それを着てから俺を振り向く。俺はその時、初めて彼女の顔をまともに見たかもしれない。

おかねさんは、ちょっと見は、俺よりも少し歳が上のようだった。でも、美人だった。

目は少し吊り上がり気味だったけどそれがなんとも言えず涼やかで、それから色の抜けるように白い肌をして、わずかに頬だけに赤みが差していた。そして少し高い鼻と、ちょっと突き出た小さな唇が、さっきまでの彼女の気の強さを思い出させるような、そんな顔だった。

いわゆる美人ではないながらも、美しい人で、とても印象的だった。

そんな美人に連れられていながらなぜそこに気づかなかったかと、後々になっても不思議で仕方なかったが、おそらく俺がこの時まで、驚きと興奮、そして混乱の真っ只中に居たからだろう。

「どうしたい。それとも、出かけたくないのかい?」

「あ、いえ、そうではなくて…」

俺は、急に目の前に居る美人に対して、まともに口が利けなくなってしまった。しかし、これは黙っていていい話題ではない。

「あ、あの…私、行くところがないので…どこかいい場所を知っていたらと思いまして…」

そう言って、なんとか彼女の目を見つめようとしたが、やっぱり怖くなって途中でうつむいてしまった。


自分の身の振り方を人様に相談していると言うのに、俺は何を考えているんだ!しっかりしろ!


するとちょっとしてから、小さく息を吐く音がした。

「なんだいそんなことかい。じゃあうちに居な。あたしも働き手が欲しかったところさね」

俺はびっくりして顔を上げた。

「えっ!そんな…そんなことをしてもらっては…」

どう考えても彼女に迷惑が掛かってしまう!と俺はそう思って、慌ててこう説明した。

「あ、あの、私なんか置いても、迷惑を掛けるだけですよ。とにかく、あの…」

「でも、行くところはないんだろ?」

「え、ええ、そうですが…」

「じゃあ決まりだ。こちらがいいと言うんだから、迷惑だってお互い様だよ。さ、行くよ」

おかねさんはあっさりと話を片付けて、小さな提灯を手に、表の戸をがらりと開けた。それがあんまりに自然で、早くに決まってしまったので、俺はあやうくお礼を言いそびれてしまうところだった。


「ありがとうございます!これから、よろしくお願いします!」