元禄浪漫紀行(1)~(11)
少し店の前で待っていると、おかねさんはすぐに大きな風呂敷包みを抱えて戻ってきた。
「秋兵衛さん、悪いんだけどね、これはお前さん背負っておくれ。お前さんの荷物だからね」
「はい!もちろんです!」
俺はそれから風呂敷包みを背負い、おかねさんのあとについて、今度は煙管屋を目指して歩いた。
「長さん。長さんはいるかい?」
俺たちは、大量の煙管やいろいろな物が置いてある店に着き、おかねさんは奥に向かって声を掛けた。すると奥から「へい、お待ちを」とのんびりした声がして、六十は過ぎてるんじゃないかというおじいさんが姿を現した。
「おお、おかねさんじゃねえかい。どうしたい。もう替え時かい?」
そのおじいさんの顔にはしかめっ面に近い眉間の皺があったけど、それはどこか職人らしい引き締まった顔つきに近くて、おかねさんに向けている笑顔は十分朗らかに見えた。恰好は甚兵衛に裸足と、これまた職人じみている。
俺はいろいろと考えながら、隅っこで縮まって煙管屋のご主人とおかねさんの会話を聴いていた。
「いやいや、そうじゃないんだよ。今度この人を下男として家にいれることにしてね、それで煙管もないってんで、ちょっと欲しいのさ」
下男に煙管を買ってやるって…よく考えたら変な話だよな?
「相変わらず人が好いねお前さんは。下男の煙草の世話かい。それで?お連れさんはどんなものが好みだい?」
あっ、やっぱり変な話なんだ…。相当人が好いんだな、おかねさんは。
「まあこの人は大人しいんだから、短いのでけっこうさ」
ん?短いの?長い煙管があるのかな?
「そうかい。じゃあちょっと待っておくんな。えーっと…じゃあ、こんなもんはどうだい?まあなんてこたない竹だが、十分すすめられるもんだよ」
するとおかねさんは顔の前で片手を振って笑う。
「いやいや、やっぱり延べ煙管がいいだろう。その方が味もいいよ。そうしとくれな」
“延べ煙管”ってなんだろう?俺がそう思う間もなく、煙管屋のおじいさんはそれに何度か頷きながら、近くにあった、細かな装飾の施された金属製らしい煙管を手に取って、おかねさんに渡してみせる。
「そいじゃあ、これぁどうだい」
「…うん、いいねえ」
おかねさんは俺を振り返って、嬉しそうにこう言う。
「ねえ秋兵衛さん。これでいいと思うんだけどねえ、どうだい?」
俺は鉄らしき胴体に綺麗な彫り模様のある煙管を見て、“どう見てもこっちの方が高そうだぞ”と思った。
でも俺には違いなんてわからないし、遠慮をしたところでおかねさんは聞かないだろうなと思って、「えっと、じゃあそれでお願いします、すみません」と言った。
そのあと家に帰って荷物をほどいてから、俺たち二人は一緒に煙管で煙草を吸った。もちろん俺は煙管の使い方も知らなかったけど、おかねさんがやるのを見て真似しようと思っていた。
おかねさんは煙管の先に刻んだ煙草の葉を詰め、おくれ毛が火鉢に垂れないように指で押さえながら、口にくわえた細長い煙管を、火鉢に近づける。少しそうしていると、ちりっと音がして、煙管の先にぽうっと灯りが点いた。それからおかねさんはゆっくりと煙を吸い込み、ふうっと吹く。
それはまるで、浮世絵の中の艶やかな女性が、のびのびと煙管をくわえている場面そのままだった。
何をさせても様になる人だなあ。俺はそう思いながら、自分の煙管にも煙草の葉を詰めた。
作品名:元禄浪漫紀行(1)~(11) 作家名:桐生甘太郎