愛しの幽霊さま(11)~(14)
私が泣き止んでから少しして、お母さんが、紅茶の入ったポットとカップを二つ、それからビスケットの乗ったお皿を乗せたトレイを持って現れた。
「あ、お母さん、ありがと」
「いえいえ。舞依ちゃん、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
お母さんはにこにこしながらドアを閉めて、それまでは普通に振舞おうと頑張っていた私たちは、また真剣な顔に戻った。
「…で?ニュースで見たのって、確かに時彦さんだったの?」
「うん。写真が出た。同じ顔だった…」
舞依はさっそくビスケットをかじっていたけど、それを口から離して、驚いたまま硬直した。
「へえ…ほんとにそうだったんだ…」
もしかしたら、舞依は本当に私の話を信じていたわけではなかったのかもしれない。でも私は、ニュース記事を検索して、前に私が口にしたのと同じ名前が載っているのも見せた。
「え、それで、どうすんの?って、なかなかどうしようもないかもだけど…」
「そうなの…何もしようがないんだ…病院も知らないし、そもそも元は知らない人だから、顔を見てくることもできない…」
舞依は私が悲しんでいるのを見て、少しでも私の近くにと思ったのか、私の横まで、膝でちょこちょこと歩いてきた。
「でもさ…生きてたんだね」
「うん…生きてた、時彦さん」
「…よくなるといいね、早く」
「うん…」
私たちは肩を並べて、ビスケットを黙々と食べ、紅茶を飲んだ。
それから半年が過ぎた頃の話だ。
あの裁判はもう終わったから、テレビでは時彦さんの名前が出てくることはない。私も中学三年生だから、受験勉強に忙しかった。
数カ月前から、私は勉強のために塾に通っていた。
送り迎えはお母さんが車でしてくれるけど、その日は「息抜きしたい」と言って、遊んでから帰ることにしていた。
私は舞依と待ち合わせをして、喫茶店で二人でパフェを食べて、それからかわいいヘアピンを雑貨屋さんで一つつ買って、舞依とは駅前で別れた。
家に向かうために私がバス停に向かって歩いていると、見覚えのある影が遠くにあるような気がして、ふと目を上げる。
バス停の前にはたくさんの人が並んで待っていて、停留所は行き先ごとに四つ。その停留所の右から二つ目の場所に、背の高い、髪の長い男性が一人立っているのが見えた。いいや、見える前から私はわかっていた。
私の足はぴたりと止まって、その場に立ち尽くす。バス停までは、あと二十歩もない。
時彦さんだ。間違いない。
彼はブルーのジーンズを履き、ブルーのシャツを着て、その上に白いワイシャツを羽織り、黒いスニーカーを履いていた。でも、そんなのいちいち見なかった。
私は彼の両目を見て、それが真面目に手元のスマートフォンをたどっているのを見ていた。
私の足は知らない間に駆け出していて、何も考えないまま、彼に突進しようとする。
でもその時、私の真横を風が駆け抜けたと思ったら、あっという間に女の子が走って行って、彼女は時彦さんに急に抱きついた。
私は一瞬で何かを悟ったような気がして、立ち止まった。そしてそのまま、もう見ていたくもない光景を、呆然と眺めていた。
「愛美、まだ体が少し痛いんだから、もう少しお手柔らかに頼むよ」
ああ、時彦さんの声だ。優しい声だ。
それは人込みの中でも、私にはっきりと届いた。
「だって久しぶりなんだもん!」
時彦さんの腕の中の女の子は、幸せそうに笑っていた。
よかった、同じバスじゃなくて。
そう思いながら私は、二人がちょうどやってきたバスに乗るのを見送って、泣きながら家に帰った。
作品名:愛しの幽霊さま(11)~(14) 作家名:桐生甘太郎