世界終了
伊勢崎の言葉を遮って、おれは唇の端を歪めた。
「ただのゲームだろ。なにも気にしちゃいない」
伊勢崎の表情が強張る。注意してみていなければ気づかないほどのわずかな変化だった。
「だけど、伊勢崎、おまえはおれたちを助けにきたんだろ。それならどうして、もっと早くなんとかしてくれなかったんだ」
「無理をいわないでくれよ。向こうにいったとたん、前後の記憶は自動的に削除されるんだ」
「例外はないのか」
「そうでないと、ゲームの意味がないからね」
「なら、おまえも記憶がなかったってことだな」
伊勢崎は無言だった。返答を待つ気はなかった。おれの腕を取り、脈を測ろうとする研究員を押し退け、真理亜の台に近づいた。真理亜は疲労と狼狽でげっそりしていた。
「もういい。行くぞ、真理亜」
研究員たちの制止を振り切って、圧迫感のある実験室を出た。まだ体がだるかったが、真理亜を脇から支えるようにして階段を降りる。
「ひどい目に遭ったわ」
顎を震わせながら真理亜が独白する。
「パパにいわなきゃ。稔之も。明日にでも、家にきて」
「わかった」
予想はしていたものの、疲労感が増した。感情が顔に出てしまっていたのだろう。真理亜が不安げな瞳で見上げてきた。
「もう忘れましょう。たかがゲームなんだから」
おれを宥めるような真理亜の微笑は、すこし引き攣れてはいたが、ふだんと変わらず愛らしい。しかし、その整った顔に人工的なものが見え隠れしているような幻覚がつきまとって離れなかった。
真理亜があの世界で起きたことを父親に話す可能性は低い。なにもわからないまま極限の状況に身を置かれることで、人間の本心が剥き出しになる。善悪は措いておいて、その発想自体に間違いはないだろう。
建物の外に出て、首を巡らせる。3階の実験室の窓から、伊勢崎がこちらを見下ろしていた。分断される地面の両側、暗黒の穴を挟んで対峙したときのように、おれたちは見つめあった。こんなふうに、いつも伊勢崎はおれを見ていたのか。
伊勢崎や真理亜がいうとおり、たかがゲームだ。気にすることなどなにもない。だから、明日、おれは真理亜の実家へ行く。そこで話をするつもりだ。虚ろな世界を終わらせて、新しい世界をはじめるために。
おわり。