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倫五さんの「ほんのちょこっと街ある記」16/大分、宮崎

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そのせいか改札口を出た先の通路は狭く、コンコースもまるで田舎町の駅舎に到着したような感じでした。

まさか宮崎駅がこんな貧弱じゃないよね…と思ったほどで、整備された大分駅を見た後だっただけに、その落差が大きかったのです。

しかし外に出てみれば、駅舎ばかりでなく駅前も大規模な再開発工事中で、約1年後?の宮崎駅周辺パースが掲示してありました。

もしかしたら大分駅周辺の再開発を意識しての宮崎駅周辺の大改造かも知れません。駅から一歩踏み出すと、人口40万人を数える街にふさわしい駅前の大通りがあり道幅も広く、建物もビル街の様相を呈しており取りあえず安心です。
 
宮崎と言えば、昭和40年?50年頃は新婚旅行のメッカと言われ、日本で挙式したカップルの30%以上が宮崎県を訪れたと言われます。
昭和37年、当時の皇太子ご夫妻(現在の上皇ご夫妻)がハネムーンの形で訪れ、特に美智子様の人気は抜群でブームが10年以上も続いたとのこと。
 
青島を含む日南海岸などがハワイなどを彷彿とさせ、宮崎市の橘通りなどの街並みには背の高いシュロの並木が南国ムードを醸し出しています。1年中の気候も温暖なのでしょう、何だか全体的に「ほんわかムードの宮崎」のイメージがあります。

そんなことと相まって、他の街と街並みは変わらないのに、街を歩く時は気分が何となくユックリした感じがしたようでした。
 
さてホテルに着いて間もなく、夕食のために歩いて10分ほどの賑やかな飲食街へ。宮崎はチキン南蛮と地鶏料理が名物のようですが、自分好みのメニューで1杯のビールとお酒があれば満足です。
 
どこにでもあるような40席くらいの大衆的なパブ風の居酒屋に入って食事することにしました。カウンター席に15分ほどいるうちに、厨房から30歳代後半と思える調理担当の男性が私の横に立っての会話になりました。

私が一人だったので間を持たせようとしたのでしょうか「宮崎の方ではないですよね、宮崎の印象はどうですか…?」と問いかけられました。
何だろうと思いながらも「同じ九州の佐賀からですよ。」と返事すると、宮崎についての感想を聞いてきました。

ホールサービスのスタッフなら客と会話するのがあるかも知れませんが、ある程度大きい店の調理担当者が話しかけて来るのも珍しい。もしかしたら他の地区からのお客さんと分かれば、調理の手を休めても観光地ホストとして対応しているのかな、と思わせました。

「人口に見合った賑やかな街ですよ。」
「はあ、宮崎は田舎でして、あんまり自慢出来んです。」
「いやいや道路の広さや街並みから受けるイメージは立派なもんです。」
 
人口23万人ほどの佐賀市と比較すれば、それなりに大きい規模の街なのですが、宮崎市以外を除くと宮崎県はかなりの田舎だと…彼は言います。
確かに日豊本線が単線だったことなど、県全体を考えたらそうかも知れません。
 
私は街を見に来ているので宮崎市以外の場所は見ません…そんな内容の返事をしました。会話は1分間ほどでしたが、他のお客さんが少なかった訳でもなく、むしろ注文が入っていたのに大丈夫かな…と思うほどでした。

私も全国各地に行っていますが、そんなことは初めて。(タクシーの運転手さんなら話しかけることならあるかも知れません、私は乗らないのですが。)

さて翌日は朝から何となく曇り空で天気予報では昼頃から雨、梅雨の時期なので前日からの好天(一部曇天)はラッキーでした。
そろそろ暑さを感じる朝9時前にホテルを出て、4?500m離れた宮崎らしい景色を感じられる大淀川方面へ向かいました。

地図で確認していたので宮崎市役所が大淀川河畔沿いにあるのは分かっていました。着いてみると街の規模の割には小さい市役所でしたが、河畔にあるだけで宮崎の雰囲気が出ています。

何となく蒸し暑さが感じられる中、市役所横から駅に向かうメインストリートなどを1時間近く歩きました。

新しいビルなどがありながらも道路沿いには緑が多く、特にレトロ感がある県庁舎とその付近の緑あふれる木々の環境には感心しました。県庁は東国原知事が誕生した時にTVニュースの画面によく出ていたので見覚えがありました。
 
県庁のそばにあった観光案内所などに寄り、そこから歩いて15分ほどで改造中だった宮崎駅へ。

駅周辺は工事中の喧騒感がありましたが、それでも市内は全体的に落ち着いた雰囲気を感じさせました。やはり都会地の人から見れば、ノンビリと南国ムードに浸れる場所に映るかも知れません。
 
さてそろそろ11時も過ぎようとする頃に天気予報より少し早くポツポツと降り出し、昼前には雨足が強くなってきました。行ってみようかな…と思っていた宮崎神宮は、降雨の上に路線バスを利用する必要があったので見送りました。
 
宮崎駅前の大規模な工事のあおりを受けてか駅周辺に食事処は少なくて、駅ビル内にも数店しかありません。これでは佐賀駅周辺とそんなに変わらんなアと思いながら、14時過ぎの高速バス乗車まで2時間ほど余裕が出来てしまったので駅周辺をウロウロ。
 
その時間、駅の裏側(東口)には科学技術館などがある中央公園を歩いてみましたが、雨天だったこともあり広い敷地にほとんど人はいません。
ただ、「H1ロケット」の実物大模型(高さ40mほど)が設置されており、科学技術館は日曜日など子どもさん連れなどに人気があるのでしょうね。
 
その後、宮崎駅と隣り合わせのビル内に戻って、靴を脱いで上がるような和食屋さんで昼食。スタッフの感じも良かったのですが何故か注文内容を間違えられてしまいました。

「鰹のタタキ南蛮定食」という珍しいメニューがあったので注文したのに「チキン南蛮定食」が運ばれてきたのです。

う?ん、間違いを指摘しても良かったのですが、宮崎だから南蛮と名が付けば「チキン…」と勘違いされたと思いながらも、テキパキと仕事をしていたスタッフに免じてそのままいただきましたが、後味が良くなかったかも。
 
さて、宮崎駅前のバスセンターから帰りの高速バス(九州産交)に乗り込む頃は、更に雨がひどくなってきました。都城・人吉・八代・熊本を経由して高速基山まで約300km、2回の休憩をはさんで4時間ほどの行程です。
 
特に熊本県に入った頃から基山までの約2時間半は土砂降りの雨で、運転手さんは大変だったと思います。バスは3列座席、35人くらいの定員に対して乗客は6?7人、こちらも採算は取れないでしょう。
 
実はそれから1週間後に「令和2年熊本豪雨」の被害が出てしまい、特に人吉市などの被害が大きかったのです。前が見えないほどのあの時の雨がそのまま続いたのでは…との思いがあったのは否めません。