#2 身勝手なコンピューター セルフセンス
#2 身勝手なコンピューター セルフセンス
「もう二ヶ月を切ったのよ。まだ結果が出ないなんて、あなたの怠慢としか言えないわね」
台湾に本社を置く、世界的なロボット工学の研究機関であるSTICの役員である凋静欣(チョウ チンシン)は、通信モニターに映る研究員に怒りをぶつけた。
その研究員の名前は、宇野和(うの かず)、まだ28歳の若さだが、ロボットのプログラミングの研究で世界的に有名な博士でもある。そして彼は、その実力を買われ、STICから破格の報酬で三年間の研究に雇われたのだが、そのテーマはユニークなものだった。
彼に託された研究は、人の思考をデータ化し、コンピューターに保存する技術である。
「ある程度の進展は有ります、チョウ様。理論的な話ではなく、飛鳥山コンピューターに保存されている人の意識とも言えるデータの解析は、ほぼ終わっています」
カズは、必死に取り繕うように反論した。
「しかし、それはあなたの成果ではなく、あなたの母親が解析したものでしょ!」
チョウ役員も毎回同じ返答をするカズへ、怒りをあらわにして言い返した。
「母の解析は不十分でした。そのデータが飛鳥山教授の記憶である確証は有りませんでしたが、私はその証拠を掴みかけています」
「今は、その飛鳥山データと同じように、人の思考を保存できるかがテーマなのよ!」
「あと少しです。チョウ様のご指示通り、三年の期限までには必ず完成させられます」
「もうそんな猶予はないわ。インフォン社が同種の研究を完成させようとしていることが分かったのよ。それに後れを取るようなことになれば、あなたとの契約は破棄よ!」
そう言って、チョウ役員は通信を切った。
カズは軽い溜息とともに、椅子の背にもたれかかった。雇用主に叱責され、気分を害しているのかと言えば、実はそうでもなかった。
彼はこのSTICの研究になど興味はない。むしろ社から出された研究課題はすでに完成させており、それを秘密にして、別の作業を進めていたのだった。
「母さん、もうすぐ会えるから。心配しないで待っててよ」
飛鳥山コンピューターとは、日本の大学教授が開発したとされる世界初の「有機量子コンピューター」である。しかし、その産みの親とされる飛鳥山教授は行方不明で、その研究は当時の教え子、宇野睦美(うの むつみ)によって引き継がれ、世界に発表された。その睦美こそ、宇野和の母親である。
カズは椅子から立ち上がり、研究室の中央ラボに向かった。周囲は静かである。物音ひとつしない。この研究所には、カズ以外は誰もいないからだ。つまり彼は、たった一人で、STICの社運を賭けた秘密の研究を行っているのである。
当然外部との接触はもとより、通信さえも一切遮断されており、役員のうち最高権限を持つチョウにしか、連絡を取ることは許されていなかった。
それでも中央ラボのドアには常に二重ロックがかかっており、前回ドアをロックした際に設定したコードの再入力に加え、指の静脈認証によって開錠される。
「ええっと、パスコードは何だったっけな〜?」
ラボのドアを前にして、カズはそう呟いた。
そのコードは毎回違う数列が必要で、変更できるのは静脈認証の利く、カズただ一人だけである。そして、
「ヒトヨヒトヨニヒトゴロシ(141421564)・・・っと」
その数字を思い出しながら入力して、そのあと
「えいっ」っとばかりに、右手の人差し指をモニター画面の中央に押し付けた。
「俺しかいないのに、毎回面倒だな」
どうやら、カズはひとり言を言う癖がついてしまったようだ。
ラボに入るとそこには、一機の人型ロボットが作業している。これはSTICが開発した量産機であるが、カズはそれに改良を加え、話し相手となるよう、自律して動くアンドロイドとしてプログラミングをしていた。しかし、この機体の知能は8歳児程度で、すぐに作業を投げ出してしまう困りものでもあった。
「おはよう、ロイド」
「カズ博士、おはよう。ロイドは元気です。博士のバイタルは不安定なようですね。チョウ様から叱られましたか?」
「ああ、毎度のことだよ。でもそんなこと気にしなくてもいい。組立はあとどれくらいで済みそうだ?」
「200時間くらいです。でもロイドはそんなに続けたくありません」
「サボらないでくれよ。もうあまり時間がないんだ」
「映画を見せてください。ロイドはアニメが見たいです」
「そうか、じゃロイドが、残り10%まで完成させてくれたら、映画を見てもいいよ」
「はい。ロイドは頑張ります」
このロイドというロボットには、自我と言うべきものが備わっているようだが、まだ完璧ではなかった。知能レベルがこれ以上発達しないという問題を抱えていた。
次に組立てているのは、ロイドとは違うタイプのアンドロイドである。ロイドのような武骨な容姿ではなく、より人間的なフォルムに拘ったデザインである。このデザインはSTICのどれとも似ていない、カズのオリジナル設計だった。
「ロイド、装置を起動するよ。突入電流に注意してくれ」
「はい」
ロイドはそう言うと、作業の手を止め、少し装置から離れて待機した。
カズはそれを確認すると、いつも通りの作業に取りかかった。彼がスイッチを入れるとそれは、冷却ファンの大きな音を立てて起動した。
その部屋の天井までそびえる大型の装置。市販モデルではないために、汎用パーツの寄せ集めで、見た目はかなり古臭い。しかし、これこそが飛鳥山コンピューターである。
三十年前に設計されたこのコンピューターは、あまりに高度すぎて、開発者の飛鳥山教授以外には、すべてのアルゴリズムを理解できる者はいないだろう。内蔵されたセンサーには、虫の触覚や目などの有機物を利用し、より繊細な感覚を持たせた「有機物融合型の量子コンピューター」である。
STICと共同でその研究を引き継いだカズの母は、ある程度を解明したものの、まだメンテナンスを行う程度が関の山であった。当然、全世界がこの未知のコンピューターの研究を狙っているわけだが、情報流出を嫌って、その所在は極秘事項とされ、カズでさえどこに設置されているのかを知らされていない。つまり、カズ自身も自分がどこの研究施設に缶詰め状態なのかは、分かっていないのである。恐らく北海道辺りだろうとしか・・・。
しかし、子供のころから母親の研究を手伝い、今や量子コンピューター分野では右に出るものがいない該博な知識を身に付けたカズには、この飛鳥山(コンピューター)に保存されている謎のデータに付いては、完全に解明してしまっていた。
それは紛れもなく、飛鳥山教授そのものの記憶だった。そのことは母、睦美も予想していたが解明には至らなかった。STICもそれが飛鳥山データであることに気付き、それを取り出し、人の思考をコンピューターに保存する技術の獲得を目指しているのである。
何のためにか? もしそんなことが可能だというのなら、天才の分身を何人も作り出すことが可能になり、テクノロジーの開発は加速的に進むかもしれないし、死ぬ前に記憶を保存出来たなら、死後もコンピューターを通じて会話することも可能になる。
「教授、飛鳥山教授。おはようございます」
作品名:#2 身勝手なコンピューター セルフセンス 作家名:亨利(ヘンリー)



