端数報告3
なんてなことを、コロナのおかげで古代進になれたのがうれしくてたまらない顔で連中は言う。加藤譲はグリ森事件が起きたおかげで〈ミスター・グリコ〉になることができ、それはすなわち極悪ズウォーダー大帝の手から地球と全宇宙を救う古代進になれるということだった。
でもってNHKスペシャルの『未解決事件File.01 グリコ・森永事件』にチラリと出てきて、
画像:加藤譲(肉付けしたいという思いで)
こんなことを言う。その言葉を全部書くと、
*
「何が事実やったか、何が真相やったか、やり通さな答えがないと言うか、ちょっとでも肉付けしたいという思いでその後も27年間やってきた」
画像:NHKスペシャル『グリコ・森永』番組タイトル
だって。肉付け。肉付けだ。グリ森事件で世の中が知る話は事実そのものでなく、この男に肉付けされたものなのである。人はこいつの主観によりデフォルメされた犯人像を27年プラス10年見せられ押し付けられてきたのだ。
我々はSMAPの草?剛をある程度は知っている。酒に酔って服を脱いだくらいのことでそれまでの人間像を崩して見ない。
だがズウォーダー大帝となるとどんなやつか知らぬので、古代進の眼に映るままのやつかと思うしかない。実は負け惜しみの強い孤独で矮小な人間が、でっかいだけの張りぼて船で逃げてくところなのではないか、なんて思ってはあんまり見ない。
犯人像を見誤ったらそれはもちろん捕まえられない。1997年・神戸の〈酒鬼薔薇聖斗〉の事件で、学者連中が口を揃えて言い立てた「三十代の高学歴者。IQ130以上の天才」のプロファイル像を信じたのも兵庫県警のエリートだった。「バカなガキが書いたもんだ」とわかる所轄の刑事には、「あいつ」とわかるやつだったのに。
グリ森事件の犯人達はなぜ捕まえられなかったか。それはミスグリ加藤譲や、四方修や兵庫のヨシノが探したところにいなかった、というのが最大の理由だろうね。〈被差別部落説〉もウィキを読む限り、到底まともに取り合える気がおれにはしない。
ウィキの筆者は〈53年テープ〉の存在が過激派説の一因で、怨恨説の原点で、補強材料だなどと書く。テープが届く2年前から、江崎グリコ常務宅に黄巾族と名乗る人物が手紙や電話で脅迫を続けていたと書いている。
何から何まであやふやな話を並べて繋ぎ補強した気になってるだけ、としか思えんが、いちばんよくわからないのは、その常務さんがそんなもの、6年間もどうして保管していたのかだ。脅迫が実行されたわけでも別にないと言うのに。
そんなテープをそもそも聴いたというのがわからん。おれなら聴かないし、聴いたところで1分と聴かずに捨てそうに思える。埼玉県赤羽市の『ペイティさんのテープ』というのが、清野とおるが聴いてマンガに描かなければ誰も知らず存在せぬのと同じになって、「それってどんなものなの? ちょっと聴いてみたい」などとは誰も言わないのと同じだ。だろう。違うのか。どうして常務はそんなものを聴いたのか。
アフェリエイト:東京都北区赤羽
テープの内容よりもまず、おれはそこに疑問を感じる。《2年前から黄巾族と名乗る人物が手紙や電話で脅迫を》というのはひょっとして、赤羽でさえ誰も知らない人間が清野とおるの眼にだけ止まるみたいにして、常務を通して関西でだけ知られていたりしたのだろうか。
『オレたちひょうきん族』なんて番組のタイトルも、そこから付けていたりして。
「また変なのが手紙を送ってきたんやけど、今度はテープが入ってたんやわ。聴いてみると、3億円とか」
「アハハハハ! なんすかそりゃあ。本気で取れると思ってたんですかねえ」
と。話のネタになるから、聴いてとっておきもしたとか、そんな話だったりしねえの。
黄巾族。英語で言えばMIYだな。メン・イン・イエロー。本家のメン・イン・ブラックもわけのわからん変なやつらとして知られる。話の多くは70年代に集中し、UFOを見た人間の前に現れて「人に話せばかならず殺す」と言ったりするが実行はしない。
70年代には人がよく宇宙人に攫われた。小学校から帰ったおれが午後のワイドショーを見るといつもそんなのやっているので怖かった。土曜の夜には『ウィークエンダー』という番組で、新聞によるとこんな変態が捕まった、ってな話をいつもするのでおれは変態も怖かった。グリコの常務を脅迫する謎の男、黄巾族か。黄色い服の男と言って、おれが思い浮かべるのは林家木久蔵師匠と『ヤマト』の相原義一である。
『宇宙戦艦ヤマト』テレビシリーズ第19話。相原義一は彼の故郷の映像を見る。彼は岩手県で育った。森雪は「いいところね」なんて言うけどまわりに漁港と牧場しかない。電気もねえ。ガスもねえ。燃料と言えば薪である。茅葺民家で薪の束を抱える母に彼は泣く。母さん、母さん!
画像:相原
アフェリエイト:宇宙戦艦ヤマト
って、なんだこれ。被差別部落か? という感じであるが今にこれを書きながら、おれは眼から溢れる涙を止められないでいるのである。ほんとですよ。信じてもらえないだろうけど、何度見てもこれは泣ける。70年代の日本には、まだこんな光景があった。上坂すみれさんが好きな『美味しんぼ』の富井副部長もまた、こんな感じの家で育った。
アフェリエイト:美味しんぼ
富井副部長〜、富井副部長〜、最初はそこまで声高くない〜。って、そんな話がしたいんじゃなくて、相原だ。〈ヤマト〉の通信長・相原義一は被差別部落の出身者なのか。
それがゆえに人一倍親思いの青年なのか。
わからん。けれど、いくらなんでも薪はねえだろう薪は。などと書きつつまだ涙が止まらない。そしてこの日本と違い、世界には薪を燃やして暮らしている人が何億人もいる。
21世紀の今も。新谷かおるの『エリパチ』から以前見せた、
画像:エリア88文庫版第9巻216ページ
アフェリエイト:エリア88文庫版第9巻
これをもう一度見てもらおう。ここに描かれるアフリカの小国〈バンバラ〉は1970年代に独立したが、その結果、国は貧しく上水道や下水道の維持さえできなくなってしまった。
これはあくまで架空の国だが、30年が経った今にその問題が改善できているか怪しい。〈死の商人〉の食い物にされ悪循環を繰り返し、このころよりもさらにひどい国になっているかもしれない。上水道に下水道がないなら当然不衛生で、燃やす薪さえ困る暮らしをしているかもしれないのだ。
さらにひどければ子供がゴミ拾いをさせられ、少女が身を売らされる。そんなところをちょっとタチの悪い風邪のウイルスが襲えばたちまち大勢が死ぬ。それが数年に一度のことで、平均寿命が最初から40年もなかったりする。
世界にはそんな国がいくらでもあるのだ。コロナで百万死んだと言うが、そのほとんどは実はそれで毎年のように起きてることで、先進国がいつもは気にもかけないことを今だけ大騒ぎしてんじゃないのかという話は再三してきただろう。今の日本はそういう国と違うのだから〈波〉なんてものが起こるおそれはまったくの杞憂なのだ、と。