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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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150.最期の夢



 真夜中のことでした。

 風采の上がらない一人の男が、おぼつかない足取りでコツコツと道を歩いていきます。お酒を飲んで酔っ払っているようです。男は、つい先日家賃を払えずに家を追い出されて、どこにも行くあてのない立場でした。今はもう手持ちの小銭もほぼなくなり、もはや進退極まったという状況なのです。
 彼は考えていました、どこに行こうかと。どうせなら自分の好きな場所がいい、そういう結論を出しました。色々思い描いた挙句、大好きだったあの場所へ赴くことにしたのです。道は沈み込み、ぽっかりと口を開けたトンネルへと続いていきました。男は懐中電灯をつけ、ふらふらと千鳥足でトンネルの中へと進んでいくのです。やがて向こうに人工物が見えてきました。地下を通る電車、地下鉄に乗るための施設、駅。男は、小さい頃から電車が好きでした。電車が好きだったので、たくさんの電車が見られる駅も大好きでした。彼はそのことを思い出し、この廃駅へとやってきて最期の生活をしようと考えたのです。
 廃駅にたどり着いた彼は、酔った勢いで憧れだった駅員ごっこをしてみました。改札口でかちかち切符を切る真似をしてみたり、ホームでの停車発車の合図をしたり、だれも居ないのにアナウンスをしてみたり……。そうして、楽しい駅員生活を思い描きながら、ダンボールを敷いて眠りにつくのでした。

 数日後。あれだけ楽しかった駅員ごっこも、既に男は飽きてしまっていました。やはりごっこ遊びは、ごっこ遊びでしかないのでしょう。人間の欲望とは果てしないもので、彼はもう駅員ごっこでは飽き足らなくなってしまったのです。
「ああ、たくさんの乗客を乗せた電車を、この駅で出迎えたかったなぁ」
残った数少ないお酒を今日もまた飲んで、酔っ払った彼は嘆きます。でもここは廃駅、彼は駅員でも何でもないホームレス。世界が逆さにでもならない限り、そんなことは起こりっこないのです。嘆き疲れた彼は、そのまま眠りについてしまいました。

 それからしばらくして。
 突然、ゴーっという轟音が構内に反響しました。あまりの音に目が覚めた彼は、何事かと思いプラットフォームに躍り出します。するとそこには丁度、お客さんを満員に乗せた電車がやってくるところでした。
「で、電車だ……」
彼はしばし呆然としていました。しかしすぐに自分のすべきことを思い出し、大声で到着のアナウンスをして、停車の合図をします。無事に電車は自らを停車させ、ドアからたくさんのお客さんを吐き出します。男は、丁寧に発車の合図をして、嬉しさで惚けながら電車を見送りました。
「おーい。急いでるんだけどー」
向こうの方から声が聞こえます。男は慌てて改札口に駆け寄って、降りてきたお客さんから切符を受け取り、時に精算をしていきます。もう今の時代、ICカードで切符などほとんど使われていないことにも気づかず、夢中になって彼はお客さんから切符を受け取り続けました……。

 翌朝、男は改札口の近くで倒れ、冷たくなっていました。でもその顔は、とても幸せそうな笑みを浮かべていました。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔