火曜日の幻想譚 Ⅱ
171.倒れた牧師
ケイタとミナコの結婚式の真っ最中、牧師がぶっ倒れてしまった。
「健やかなるときも……」っていう例のセリフの瞬間、後ろに転倒して動かなくなったのだ。言うなれば、自分が健やかじゃなかったというわけだ。
ケイタの招待客に医師がいたので診てもらったが、どうやらくも膜下出血らしい。横にしたままのほうがいいという指示の下、聖なる式場に神父が横たわり続ける。救急車が来る間、当然のごとく式は中断となり招待客は全員待機する。
やがて救急車がやって来た。牧師が運ばれていった後、すぐさま代わりの牧師さんが来てくれる。しかし、当事者のミナコとしてはどうにも水を差された感じが否めない。
せっかくの一生に一度の晴れ舞台なのに、すっかりケチがついてしまった。幸せの絶頂である結婚式に、牧師さんが倒れましたなんて笑い話にもなりゃしない。そんな憤懣やるかたない思いが、ミナコの胸中に忍び寄る。そして、そんな思いが一度心にはびこるともう止まらない。
あーあ、もう台無しだ。いっそ、元カレのコージ辺りが、あたしをさらいに来てくれないかしら。別れたっきり縁切って、今日の式のことなんか伝えてないから無理か。どす黒い考えが渦を巻き始める。揚げ句の果てにミナコは、傍らのケイタを見つめながらこんなことを考え始める。こいつ、正直そんなにいい男でもない。それに別段、稼ぎがいいわけでもない。それほど、セックスが上手いわけでもない。……私、何でこんな男と添い遂げようなんて思ったんだろう。
「ねえ、ケイタ」
ミナコは、ケイタに声をかける。
「結婚式、辞めちゃわない?」
ケイタも思うところがあったのか、その言葉にしばし考えこみ、やがて答えた。
「そうだな」
新郎新婦は、式に立ち会っているプランナーに駆け寄り、結婚式の中止を申し出た。プランナーは困っていたが、あんな大きなトラブルが起きたのでは仕方がないと考えたのか、しぶしぶ中止を受け入れる。
だが、招待客をこのまま帰すのは申し訳ない。その程度の礼儀を心得ていた二人は、ご祝儀を全部返却し披露宴の代わりに酒宴を催すことにした。少しばかり豪華な飲み会で、ミナコはさっき牧師を診たケイタの招待客の医師にしなだれかかる。ケイタももうミナコには見向きもせず、ミナコの友人、サヤのGカップの胸に手を伸ばす。
そんな宴という名の乱痴気騒ぎが繰り広げられている最中。プランナーは大赤字を出したこと、式を完遂させなかったことを上司に怒られていた。後から来た牧師は、神に祈りながらこの世の乱れについて嘆いていた。
倒れた牧師の安否を気にする者は誰もいなかった。