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火曜日の幻想譚 Ⅱ

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183.風船彼女



 もてない僕にも、やっと彼女ができた。でも、僕の彼女はちょっと変わっている。彼女、ふわふわで風船みたいなんだ。

 例えばデートの待ち合わせ。普通の女子なら公園の噴水前とかに、立って待っているだろう。でも彼女は公園の上にぷかぷか浮かんで、時計台につかまりながら僕を待っている。そして僕を見つけると、手を振って時計台を伝い降りてくるんだ。
 そんな風に勝手に浮いてしまうので、普段は飛んじゃわないように手をつなぐ必要がある。付き合う前の初デートからいきなり手をつなげたので、うれしいけど恥ずかしくて、ちょっと大変だ。

 大変だったといえば、こないだご飯を食べにレストランに行ったんだ。そういうとき、彼女はいっつもおもりをつけて座るんだけど、その日はたまたま忘れたみたい。案の定、お店の天井をふわりふわりと飛ぶ羽目になっちゃった。それだけならまだ良かったんだけど、その日、彼女はたまたまスカートを履いていたんだ。店内の人々の視線が別の意味でも集まって、彼女、恥ずかしくて泣いちゃってた。

 一度、彼女の家にもお邪魔したことがある。
「汚くて、ごめんね」
という彼女は、床ではなく天井をコロコロで慌てて掃除していた。さすがにホコリは床に落ちると思うが、何も言わないほうがいいなと思った。でも、椅子や机、台所などの足が長くて、天井に近い高さになっているのには驚いた。本人いわく、この方が作業に集中できるのだそうだ。一緒に住むとなったら大変だなあと思ったのを、よく覚えている。

 あと、海に行ったときも大変だったなあ。もちろん、彼女の水着姿はすてきだった。ふわふわのおっぱい、くびれたウエスト、セクシーなお尻、スラリとした足。今思い出してもにやけちゃう。でも開放感で気が緩んじゃったのか、彼女、いきなり風に飛ばされちゃったんだ。一瞬で沖の方まで飛ばされちゃったんで、僕は慌てて救助を呼んだ。船やヘリまで出動して、本当に大変な騒ぎだったよ。

 さすがに、この一件で迷惑をかけたのがこたえたのだろう。彼女は、自分の浮き沈みをコントロールする練習を始めた。少しずつ、少しずつ彼女は自分のその体質を自分のものにし、ふいに浮かぶことのないように、浮かぶときには自分だけでなく他人も浮かべるように、できるようになっていった。僕は、そんなひたむきな彼女をさらに好きになっていった。

 浮き沈みがコントロールできるということは、ほぼ空を飛べるのと変わらない。そうなると、自然と彼女は注目されるべき存在となる。屋根やマンションの屋上の修繕、配達その他諸々で脚光を浴び始めた彼女に、僕はプロポーズを申し込んだんだ。

 数カ月後、無事OKの返事をもらった僕は、彼女と手をつないでヨーロッパの上空にいた。飛行機代がかからない上に、大好きな妻と手をつないでいける新婚旅行。
 もしかしたら、風船みたいに浮き沈みが激しい結婚生活かもしれない。でも、僕は絶対に君を幸せにすると誓うよ。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅱ 作家名:六色塔