火曜日の幻想譚 Ⅱ
239.夏の日の思い出
セミがうるさいくらい鳴き続けていた、嫌になるくらい暑い夏の日のこと。
彼女は学校のプールで泳いでいた。バタフライでプールの水面を乱しながら。その手足の動きは美しく、そのピッタリと水着が張り付いた体は美しく、しなやかに躍動する肉体を前へと進めていく。彼女の周囲には白い波が湧き立ち、陽光は水にきらめいて、フェンスにはバスタオルが揺れていた。
そんな彼女を、僕はながめていた。泳ぐ彼女を、穴が空くほど見つめていた。憧れの彼女の、美しい肢体とその躍動する姿を、意気地なしの僕は、じっと見つめていることしかできなかったんだ、その日までは。
不意にセミの鳴き声が止まる。訪れる静寂。
風が止まり、バスタオルがだらりと垂れ下がった。陽光も弱まり、波は白さを失う。突如、彼女の手足は動きを止め、艶めかしい体をよじらせる。次の瞬間、水面に顔を出した彼女は、その空間に大量の血をはいた。そして、水面下へと沈んでゆく。躍動感の消えうせた肉体をけいれんさせ、ゆっくりとプールの底へと沈んでいく。
そんな彼女を、僕はながめていた。沈む彼女を、穴が空くほど見つめていた。憧れの彼女の、美しい死体とその静止する姿を、不敵な笑みで僕は、じっと見つめていることしかできなかったんだ、その日だけは。
そう、それだけで良かった。彼女の愛くるしい表情が見たかったわけじゃない。一緒にいたかったわけでもない。性の対象とするなど以ての外だ。ただ、彼女が苦しそうに吐血して、水に溶ける血潮とともに沈んでいき、こと切れる。それが見たかっただけなんだ。
それさえ見られれば、良かったんだ。