はなもあらしも ~垂司編~
第四話 不覚
垂司は苛立っていた。
立ったと思えば座り、座ったかと思えば立ちあがる。歩いたと思えば立ち止まり、立ち止ったと思えば遠くを睨む。先刻から落ち着きない様子で、垂司は自室にこもっていた。
苛立ちの理由はともえだった。
といってもともえそのものに原因があるわけではない。
事の次第はこうだ。
夕方、ともえは幸之助の使いで街に出た。彼女がこの家に来てから既に二週間以上の時が過ぎ、ともえも大分とこの辺りの事が分かるようになっている。
日輪家馴染みの弓道具店に行き、そこで目的の物を手にし、さらに店主とともえの父が旧知の仲と言う事が分かり、ともえは店主から美しい弓を贈られたという。
そこまでは良い。なんの問題もない。
だがそこからの帰り道、ともえは何者かに襲われ足を殴られた。
そしてともえの使いを心配して後を追った道真にその場を助けられ、そのまま医者にかかる事となった。
診断結果は打撲。何とか今度の試合には出られそうだという事だったが、そんな事はどうでも良い。ともえの部屋には今もなお、道真が心配そうに彼女の傍についているという。
今すぐにでもともえの傍に駆けつけたい気持ちをグッと堪えて、垂司は大きく息を吐いた。
―――……一体何を? 行ってどうする?
そんな考えが脳を掠めるが、そんな事は考えるだけ無駄な事だと、垂司はよく知っていた。
会いたいと、一目見たいと思う気持ちに高尚な理由などありはしない。彼女の無事な姿を見るだけで、この苛立ちはたちどころに霧散するだろう。
しかし感情のままに走れるほど、垂司は若くはなかった。
今、ともえの部屋へと駆けこめば、道真と顔を合わせる。そうすれば道真は良い気持ちはしないだろうし、それは結果ともえを傷つける。
「ふぅ……」
もう一度だけ息を吐くと、垂司はようやくどっかりと腰を下ろした。
夜まで待とう――たった数時間の事だ。
窓を開け、空を見る。
星が出るにはまだ少し時間がかかりそうだった。
作品名:はなもあらしも ~垂司編~ 作家名:有馬音文